僕のヒーリング体験において、失敗した
事例を紹介します。失敗というよりも
相手側が拒否して、結果が出なかった
稀なケース。
お茶会の席で、沖縄から来た某受講生が
友人の写真を取り出して、「医者でも分か
らない難病奇病だそうです。どうしたら
いいでしょうか?」というので、
先生は、「日浦さん、いまヒーリングして
あげてください」そういった。
写真の人は、沖縄にいるけれど、目の前に
いるのと変わらない。
「この人、僕のエネルギーを拒絶していて
ヒーリングができない」と言うと、
先生いわく、「親子代々のユタですね。
彼の周りに複数いて、他のエネルギーを
受け付けない。ヒーリングは無駄ですね」
そういった。
すると、沖縄の受講生さん、「日浦さんの
ヒーリング能力は、いかがなものか?」と
先生に聞いていた。そのような愚かな問いを
聞いて、僕は笑ってしまった。
先生いわく「最強です」そのように言った。
沖縄から来た彼は、その返事が納得できな
ようで、「最強のヒーラーがなぜ治せない
のですか?」そういった。それは、先生と
日浦に噛みついたようなものだった。
僕はまた笑ってしまった。
写真の彼は、人の心を読み、物当てする、
人の病気も治すけれど、呪詛もすることが
分かる。
僕は教えました。「呪詛はやってはいけない。
あれは、阿修羅のエネルギーだから」と。
すると沖縄の彼は、またまた不満を持った
らしく、「呪われたり、霊的な敵が現れれば、
誰でも呪詛をするでしょう?この日浦さんも」
またまた僕は軽く笑った。この人は、本当に
何もわかっていない。
先生は、言葉を用いて、「ヒーリングを受ける
側の人が、解放のエネルギーを拒絶している
から、日浦さんの能力不足とは違います。
日浦さんは、遠い過去世から現代まで、
凄まじい呪いを受けているのです。でも、
日浦さんは、ただ一度の呪い返しをした
ことがありません。そういう高い境地に
いるのです。この境地に到達する人は、
滅多にいません。この境地にいるから
日浦さんは人を導くことが出来る人です。」と。
すると沖縄の受講生は、沈黙した。
琉球王朝の時代から、ユタは珍重されてきた。
しかしながら彼らは、その力が魂のものだと
知らない。知らないから、力を発揮するには、
エゴを放棄することと知らない。力の源泉が
なんであるか気にしない。だから力の獲得に
呪詛するなどもってのほか。
エゴ、心を浄化したならば、いかなる呪いも
受けなくていいのだと知らない。
ヒーリングは、テクニックではなく、力では
なく、純粋な境地になることだけです。
ユタの歴史は、エゴと力の結合したものなのだ。
グリコのおまけ
ある宗教団体の会社を辞めることを告げた時、
そこの長女は、「そんなことしてみろ!死ぬまで
死ぬほど苦しめてやる!」そういった。
教団の会員たちの前で口先では、慈悲だ愛だと
いうけれど、その長女の心は、阿修羅と変わら
ないのだと言うことを露わにした。
それから暫くして弟は、癌になった。
会社を休んで、弟の看護に行ったけれど他界した。
会社へ戻ると、その長女は、「弟はどうした?」と
聞くので、「他界した」と伝えると、
「うそだぁー!死んだなんて嘘だあ~!殺す気は
なかったんだ!!!」そう叫んだものだ。
この長女の発言から、彼女が弟を呪い殺したのは
明らかである。力加減を間違えて、死に至った。
しかしながら、この時でさえ、日浦は呪い返しを
していません。
もし呪い返しをしたら、彼の力は本当に強大なもの
であるから、彼女は即死したでしょう。怒り、恨み、
嫉妬などを制御したこのような事実から、日浦は
真のヒーラだというのです。
この肉体は、地上に在れど、天空を歩く人は、
地上に足跡を残さない。