飛び入り

読者からの飛び入りメールです。

 

日浦様

数日前、偶然にも日浦さんのブログに出逢い、

記事を拝読し、またYouTubeを拝聴しました。

率直に、今まで生きてきたなかで、

あなたのようなお方に出会ったのは初めてです。

価値観が180度変わりました。

パラダイムシフトしました。

どうしたら、弟子にしていただけるでしょうか?

わたくしは2年前、父を亡くし、その後めまぐるしく

人生が変わり始めました。マイホームを持つ普通に

幸せな家庭でしたが夫と離婚して愛娘の親権を失い、

家も 財産も 仕事も失くしました。

そんなどん底にいるとき、心の支えになってくれる

人が現れ、奇跡的に1%の確率で娘が産まれ、

今は何も無いこのわたしにとって、1歳数ヶ月の娘だけが

希望の光です。ですが、その信じていた人にも裏切られ、

いまシングルマザーとして生きています。

本当は、今すぐにでも日浦さんに会いに行きたいです。

しかし移動費も含めて資金がなく、8月に初めて参加

させていただきたく思います。

児童手当を全部日浦さんのセミナーに注ぎ込む決意を

しました。今年中に3回参加したいです!8月と12月、

あと1回はまた調整して申し込みます。

人生のどん底のなか、あらゆるスピリチュアルに

どっぷりと浸かり、キリスト教の伝道師である妹の

影響を受けたり、宇宙の中の自分という存在とあらためて

向き合っている最中、何が本当で、何がデラタメなのか

判断ができませんでした。

そんな中、日浦さんのブログを拝読し、そのパワーに

圧倒され、突き刺さり、食欲も失い、いま宙に浮いた

感覚です。

早く日浦さんにお目にかかりたい。それしかありません。

8月と12月、残席ございましたら是非とも参加を希望します。

乳児をおんぶしての参加となりますこと何卒ご理解ご了承の

程よろしくお願い申し上げます。

 

日浦の返信

こんにちは
8月と12月のセミナー参加、OKだよ。
あなたは、その本性において、自分に想像さえも出来ない
素晴らしい存在なのだ。今現在でさえ。
その本性を体験すれば、すべての不幸が消えさり、永遠の
幸福に生きられる。
先ずは、すぐさま不幸を追い払おう。そのためにセミナーが
あるけれど、セミナーに来るまでに過去を忘れてしまいなさい。
不幸な過去を思い出してはいけない。
君から来たこのメール、名前を出さずに、記事に紹介しても
いいだろうか?

 

日浦様
ありがとうございます!
8月にお目にかかれる日を待ち遠しく、心底楽しみにしています。
記事にしていただけるなんて光栄です。ありがたいことです。
過去をすぐさま忘れることはできませんが、手放すことが大事と、
日浦さんが書かれていましたので、さまざまな執着を手放すように
します。以下は日浦さんに会うまでに自分を愛する自分なりに
考えた方法です。これもマインドからですが、おかしいでしょうか。

【自然と静けさのなかで自分と向き合う】
他者から離れる・欠乏や恐れなどの古い自分との決別・抑圧された
不要なエネルギーの浄化・古い次元を完全に手放す・心の傷を癒す
体内にスペースを空けて光を入れる・
現実を創る根源=メンタリティ(精神性)と信念を整える・よい言葉を
使う(発する言葉が現実世界を創る)・自分の個性を生きる
シフトする・よろしくお願い申し上げます。
本気で日浦さんの弟子になりたいです。

 

この世は、心が作り出す幻影の世界なり

だから外を見るな、自分の内を観よ。

そこには、光り輝く至高の自己がいる。

 

 

 

 

自己啓発の嘘

嘘シリーズ?に伴い、アクセス数が、ぐんと伸びてるわ(笑)

今回は、自己啓発の嘘についてを述べようと思う。

 

ちなみに、Wikipediaを見れば、下記のようにある。

自己啓発(じこけいはつ)とは、自己を人間として、

より高い段階へ上昇させようとする行為である。

「より高い能力」、「より大きい成功」、「より充実した

生き方」とか、「より優れた人格」などの獲得を目指す。

他に、自己開発、自己啓蒙、自己変革、自己改革などの

表現も使用される。

と書かれている。上記の説明は、素晴らしいもので、

そこに嘘は含まれない。

 

問題が生じるのは、自己啓発という本当の意味が曖昧であり、

それゆえ、手段や手法としての書籍、セミナーなどの詐欺的

行為が生まれることにあり、それらの自己啓発を信じた人は、

多くが不幸を招いている。これが間違いのひとつ。

 

ひとつの事例

数十年前、「地獄の特訓」?というセミナーが生まれて、

新聞や週刊誌でも大々的に宣伝された。その宣伝文句は、

概ね上記のようなものであり、それへ到達するメソッドが

あるから教えるとあった。読者はそれを信じて10日間?

くらいのセミナーに参加した。僕の友人も、行くなと忠告

したけれど、やはり広告に釣られて参加したわ。

 

社員のスキルが大幅に向上すれば、また頑張って社員が

二倍働けば、企業利益が増えると妄想的期待をした企業も

また、会社の経費を持って、社員たちを送り込んだ。

そんなセミナーの成果は、受講した人はマインドコント

ロールされるので、まあ頑張るんだよね。セミナー前に

比べて頑張れば、そりゃあ良い成果も出たようにも見えた

だろう。

 

諸君、考えて見たまえ

普段でさえも、仕事、家庭、その他がしんどいのに、おかしな

セミナーなんかに参加したため、強烈な精神的カンフル剤を

大量に注射された受講生たちは、やがて疲労困憊の極みに達し、

対人恐怖症とか、鬱にもなったり、ボロボロになっていく。

退社した人も目立ったのだ。なにが自己啓啓発だろうね。

まあ、そんなもんだよ 世の中は。。。

 

昔は、カーネギーとか、思考は現実化するとか、ナポレオン

ヒルズなどの知名人を登場させて、「あなたもそうなれる!」

という嘘を宣伝すれば、引っかかる人が後を絶たない。

なぜ嘘というか?

第一に、セミナーの商材が真実だと言う証明がないだろう。

第二は、誰もがナポレオンヒルズになど成れないし、誰もが

カーネギーにも成れない。あなたは、あなたでしかないからだ。

そうであるにもかかわらず、自己改革、自己変革、自己実現

なんていう文言に興味を示す人は、馬鹿とは言わないけれど、

賢さが足らないと思う。なぜなら、あなたは、あなた以外の

人に成れる道理が無いから。

あなたは、唯一無二の存在であり、自己改革などをやっては

いけないのだ。ここが肝心だ。

 

自分に自信がないから、他者の能力を羨むから、他者がやるから

誰かの、また何かの宣伝文句に気を取られて、結局のところ、

あなたはマインドコントロールされて、不要な知識を刷り込まれ、

やらなくていい自己改革などの無駄な努力をする。その結果は、

自信喪失か、挫折か疲弊するかだ。

あなたが自分に自信を持つためには、内側を観ればいいのであり、

自己改革という嘘を信じてはいけないし、その努力は障害なのだ。

人の言葉、目線、流行に気を取られるのは、自分自身を失っている

からだ。だから人や世間が気になる。そんな人は人のやることを

猿まねしたりする。皆さんは、猿じゃあないでしょ?

今迄に、いろんなセミナーを体験した人は、そんなセミナーが

ウソだと思い知っただろうね。 

最近の詐欺商材は、何だろうね?

マインドフルネスか?怪しげなヒーリングかな?まあネットも新聞も

読まない僕は、何が流行か知らない。だが潜在意識だとか、無意識の

活用などは、詐欺商材のロングセラーだね(笑)

 

セミナーの嘘とは

自己啓発、自己改革、自己実現は、どのように呼ぼうとも

本当は必須なのだ。ただし、真の自己を実現するという意味に

おいてのみ。

だが、世間のセミナーは、消去すべき人の心を興奮させて、

成れない者に成れると言う期待をさせて、他者やテキストに

依存心を増幅させ、心が喜ぶことを文言とし、客を釣る。

詰まる所、自己啓発系のセミナーとは、どれもが科学的な

法則性が曖昧なものであり、しかもまた人がマーヤの世界に

束縛される様々な欲望の実現方法(こんなものをスキルと

呼んでいる)しか教えない。そうだよね諸君。

過剰ともいえるストレスを抱え込んだ現代人にとっては、

自己啓発系のセミナーは、一時的なカンフル剤でしかない。

ストレス疲労している人が、カンフル剤を取り込めば、

逆に疲弊するだろう。

そして、超越的な力を持ったあなたを束縛する。これが

自己啓発の嘘という意味。

またセミナーの主催者が言うことは、それが何であれ、

誰に出来ようと、出来まいと、そんなこと気にしないから、

まあ言うだけは言えるわな。教える側の自分に出来ない

ことも含めて。

珈琲も紅茶も入ってない「ただユーだけ」のセミナーって?

 

 真の自己啓発は

自己啓発の王道は、外側世界でなく、あなたの内側に在る。

あなたが本当の自己、永遠の幸福、至高の知識を獲得する

メソッドは、自分の内側へ向けなければ得られない。

何故なら、内側が真実の世界。外側はぜんぶ、マーヤだよ?

もひとつグリコのおまけ。。。皆さんの心がマーヤの作り手

だと言うことを忘れないように。

 

 

わたしと言う嘘

 

 【下記、無断転載を禁止】

このセミナーでも、「身体は、あなたでは無い」という

テーゼを出し、更に「心さえもあなたでは無い」といい、

また、あなたは身心の結合した自我意識でもないと言い、

更には、この世の社会、また自然界という森羅万象も

本物ではなく、あなたに関係のないマーヤと呼ばれる

幻の世界なのだと教える。

早い話しが、この世的に信じられている人間存在を

全的に否定することから、人の本性に関する真実の

教えは始まるのだ。なんとなれば「じゃあ、俺達は、

いったい何なんだ?」という自分への問い掛けが生まれ

なければならばい。この日浦が7歳の小学1年の下校途上に

おいて、「わたしは誰か?」との問いを発した如く。

 

先の記事では、眠りの中で夢を見るのは、あなたの心で

あるけれど、それが、わたしであり、自我とも呼ばれると。

進んで、目が覚めたあなたもまた、自我であり、本当の

あなたでは無いということが、真実なのだと教える。

益々分からないかも知れないな。

 

おぎゃあと叫びながら生まれた身体は、あなたでは無く、

自我・エゴそのものと知るべし。身体の成長と共に発達する

自我意識は、自我そのもの(笑)

人はみな生まれた時から自我・エゴであり、エゴが人生を

体験しているのだ。その肉体死に至るころ、エゴは言う。

「いい人生だったなあ」とか「まあまあだったなあ」とか

「恵まれない境遇下に生まれて、不幸な人生だった」とか、

人様々だ。いや、エゴの感慨は様々だ。

この意味をしっかりと覚えないといけないよ。

 

先の記事に書いた顕在意識と呼ばれる世界は、エゴの

世界であって、そこに暮らすあなたは、エゴであり、

本当のあなたは、実在の唯一に在りて、この世には

いないのだ。それが、あなたは生まれて来ていないと

言う意味だ。

 

じゃあ、エゴの身体が死ねば、エゴは消えるのか?という

人はいないよね?このブログをよく読んでいるならば。

身体もエゴ、心もエゴであって、肉体死の後も、エゴは

別の身体(心)を持って、あの世で活動する。これ益々

分からないかな?

 

結論から先に言えば、この世とあの世に生まれ変わる人、

それの転生輪廻を繰り返す当人は、心、マインドがやって

いるのであって、本性のあなたは転生輪廻をしていない。

だから、あなたは生まれていない。

え?この世に生まれた、このわたしは誰・・・?

と思う人は、それは、あなたじゃあなくて、エゴなんだよ。

やだ!わたしがエゴだなんて!

そういう思いがある人は、漫画の主人公みたいだね。

 顕在意識の世界に生きるのは、エゴ。超越意識の世界へ

行くと、わたしと言う観念は、とても薄くなる。

 

唯一という究極の世界は、この物質界の大宇宙、動植物、

鉱物類、生類の総てが、その形と名称を離れて、一つに

集約された世界。すべてがひとつ、という摩訶不思議な

霊的世界であり、そこが永遠に変化しない破壊されない

実在の世界。

そこはまた、時間と空間の幻想による物質宇宙・マーヤを

紡ぎだす源。しかしそこは、何も無く、すべてが在る世界。

その唯一なる世界は、説明することも出来ず、また聞いて

理解することも出来ない摩訶不思議な世界。しかし体験が

出来る世界だ。唯一の世界から、放射される莫大な電気的、

磁気的エネルギーの摩訶不思議な運動によって、広大なる

意識界をスクリーンとして、莫大なエネルギーが投射され、

いわばエネルギーの凝縮した画像が投影される。

 

意識世界とは、例えば、大気の広大な空間のようなもので

あるから、そこへ投影された画像のエネルギーもまた、

立体を形成することになる。

唯一の実在から遠く離れた意識世界の空間へと放射された

電磁的、磁気的、電気的エネルギーは、振動数が荒くなり、

波が粗雑になり、ついに次元が低下してしまう。

その低下した立体画像が、この宇宙であり、宇宙を投影する

観念が生み出した画像であり得る。

それゆえ、この地上に生まれるすべてが、電磁的、電気的

エネルギーの凝縮したものであり、古代インドのヨーガは、

それをプラナーと呼んだ。その一部が、我々人なのだ。

だから肉体は投影された画像だと言っていい。しかも五感の

感覚を伴う立体ホログラムだ。感覚を伴う画像ゆえ、人は

それを本物の世界だと信じてしまう。

そのような、いわゆるシステムがあると言うこと。

 

人類がの殆どが、知覚の間違いという大きな勘違いを作り

だして、様々な問題(戦争・差別・貧富などのすべて)が

地上に生まれたのは、その画像・ホログラムに興味をもって、

一つの肉体へ、個々の肉体へ、本性の自己意識を投入した

ことによる。これは、高い霊的世界の意識が、粗雑な最も

低いレベルの肉体と接合した状態なのだ。

霊魂と物質(宇宙と肉体)の接合という悲劇が生じている。

 

かくして、投影された身体と言う画像に意識を投入すると、

自分は肉体を持つ生物として知覚認識される。これが勘違いだ。

その肉体から生まれた観念が「わたし」という自我意識になる。

人が、わたしを認めるとき、相対的な他者をも存在するもの

とみなす。本当は、すべてがひとつでありながら、ひとつの

全体から分離独立した自分と言う観念が生まれる。これが

知覚認識の根本的な間違いだ。

そして、肉体へ意識を陥入した自己の本性自体は、ついに

自己の本性を完璧に忘れ去る。これが世界の悲劇の元凶だ。

なぜなら、霊的存在の魂自体が、自分は肉体だ心だと勘違い

するからだ。

自己が自己を忘却するシステムがあるから、身体と心は自分だと

言うのは、自己の忘却であり、たんなる画像のたわごとのような

もであり、魂が感覚に欺かれた証拠なのだ。これが、「あなたは

束縛された状態にある」という意味だ。

この説明が、わたしという観念は、自我意識、エゴであり、

エゴが言う「わたし」は、大きなウソだという説明だ。

そしてまた、エゴのわたしは、思考を基本とする。だから

脳とか思考は、マーヤを生み出すエゴであり得る。

 

唯一の世界は、そこへ帰り着いた魂達は、わたししか

存在しないという、人には理解不能な感覚をもつ。

他者の魂、それと異なるわたし、という観念(霊的な無知と

言う微粒子)が消え失せて、全体がわたし、と言うような

認識になる。この端的な説明は、

「全体を包含した、わたししか存在しない」というもの。

これが唯一という言葉の説明の一部。

ここへ帰り着いた魂は、他者をも自分の一部とみなすので、

すべての生類を等しく愛する。だから人間のように他者を

騙したり利用したり、奴隷化したり、差別したりすることが

出来なくなる。唯一に到達した魂は、本当に信頼できる人だ。

唯一へ到達したら、悪い想念はもたない。

人間のエゴのわたしとは、まったく異質だ。あなたのエゴに

よるエゴのわが人生(笑) それを永遠に繰り返す転生輪廻は、

まったく意味が無ければ、なんの価値もない。

あなたの人生は、なんの意味も価値もないという意味において、

無駄な人生の生まれ変わりを繰り返してはいけないのだ。

すべての存在がひとつ、それがわたし。

以上の説明を持って、表題の「わたしと言う嘘」についての

概説を終える。

 

誰であれ、一日も早く、肉体から抜け出して、ゴールへ

到達したほうがいい。

 

脳が考えると言う嘘

 

【下記の無断転載・流用禁止】

人が思考するとき、または、思考と言うレベルではない、

感情や、ベクトルを持たない想念などは、脳の3%が働いて

いるからであり、残り97%は休眠していると言う脳学者がいる。

だが、脳学者や心理学者が言うことが正しいとは限らない。

そんな彼らは、「眠れる97%の脳を活性化する]」という本や

セミナーを売り物にしている。それらの主張は、潜在意識とか

無意識を活用すると、IQが高まったり、超越的な現世利益が

得られるなどと言っている。そして、あまり賢くない人達が、

そのような文言に引っかかる。引っかかることは、大した

問題ではない。

なぜなら、ウソだと気づいたら、それを止めれば済むのだ。

肝心なことは、

本当に脳が考えているのか?

という問いと、その明晰な答えにある。

先ずは、脳とはなにか?思考とはなにか、心とは何か、

また無意識や潜在意識とは何かという明確な定義付けが

未だ無いだろう。明確な定義付けとは、科学的な証明が

伴うものであり、科学の実験によって、誰もが再現する

ことが出来るものを言う。それゆえ脳学者が言うことは、

科学的実験の根拠に乏しい主観であるだろう。主観とは、

人によって見方や考え方が異なるものだ。だから客観的

定義なき論説は、色とりどりの異なる主観に過ぎず、

明晰な回答は期待できない。

 

脳は、本当に思考する物質なのか?

脳という物質が思考すると考える

思考こそ、幻想ではないか?

 

過去には、電気的信号をもつ脳波計が考案されて、

思考の動きを示すもの(脳波)として使われたが、

今では、脳を透明化するバイオ的技術、また色彩を

もたらす技術が生まれ、透明化された脳内に生ずる

光りを部位別に識別する、という光学系の技術と

コンピュータソフトとの判別方法が主流のようだ。

つまり、パソコンの画面上において、人脳の動きが

部位別に分かり、それらに加える電気的な外部情報に

よって、多様に変化する脳内の光輝の神秘を肉眼に

よって見れる時代なのだ。

こうしたバイオ&コンピューター観察機器の長足の

進歩により、「脳が思考する」と言う考え方は、

より堅固になるのかも知れない。しかし、何ごとも

その「限界点」がやってくるものだ。

 

脳は考えない

人が思考する生き物であるけれど、物質の脳が考える、

というチン論理に疑問を持つ人も少なくは無いのだ。

その事例を語る前に自分の体験を語ろう。

日浦もまた幼少の頃から、脳が考える主体ではないと

知っていた。ただIQが180を超えていた(テスト途中

トイレに行って未回答もあった)ので、その数値は、

間違いだと校長から言われ、再テストをやらされた時、

その採点結果はIQが220だった。校長は、怒り、また

間違いだから、もう一度やれ!と言う校長先生に対し、

中学生の僕が説教したことを想いだす。

「IQとか学校の成績が社会に出てから、役立つことは

無いと思うし、IQとは、頭の問題じゃあないんです!

IQが80でも大学を出て、校長になれるんだから。」と。

それを聞いた校長は、激しく怒った。

後日、担任から言われたことは、「校長先生のIQは80だ

そうだ。なぜ、おまえが知っているのか?」と。

それへの僕の答えは、「先生も頭(脳)で考えるから

意味が分からないと思いますよ。」

 

 脳は考えないという証明-1

さて、そこで、こんな話をしよう。

ヨーガの本場であったインドへ渡り、修行をマスターした

ヨーギに頼み込み、ヨーギの頭に脳波計の電極をつけて、

対話しながら脳波計の動きを測定した医者がいたそうだ。

実験の結果、脳波計が示す波は無く、ただの直線が現れた

そうだ。波は生じなかったと。脳が思考するものではない

と予測した医者は感動した訳だ。だが思考して波が生じない

理由が分からない。その答えは、ヨーギが示したそうだ。

だが医者は理解できなかったそうだ。

このような実験と結果についは、現代の医学や心理学の

既知の知識によっては、解明ができない。恐らく装置の

故障ですね?と言われるだけかも知れない。

 

同じくヨーギに課せられた思考の消滅実験が報告された。

そのヨーギは、実験に臨み、心肺の活動を完全に止めた。

もちろん呼吸も無く、思考も起こりえない死体の状態だ。

再び、目覚めて、自分が死体の時の医者の思考を読み取り、

また封印してあった封書の中身を解読していたそうだ。

 

これと同じく、僕も心肺が完全に止まり、呼吸も思考も

消え去ってなお、周囲の状況を把握できるし、「さてさて

ついに身体は死んだけれど、これからどうしようか?」と

いう思考を持つことが出来ることを幾度も体験している。

自分の心肺が完全に止まったとき、時計を見た。そしてまた

再び肉体の中に目覚めた時の時計では、5時間とか6時間を

経過している。

 

まあね、脳が考えるとか、無意識や潜在意識を活用できる

などという人には、そう言わせて置けばいいさ。

同じく、脳が思考するのではないこと、無意識や潜在意識の

活用は、極めて危険であるという、日浦の主張とか、他者の

論説や体験もあると言うことだ。

 

脳は考えないという証明-2

むかし記事にしたけれど、世界的に有名な某研究所が

行った極めて非常識な脳実験においては、被験者が

超越的な思考を発揮しながらも、被験者につけた脳波計の

波は無く、やはり直線だったこと。この実験は、幾多の

科学者たちの集まりであり、脳波計の故障ではないことも

確認された。

つまり、思考する時も、脳波は生じないということが

証明された。また脳波が生じなくとも思考することが

出来ることも証明された。そして、脳波が思考の産物だ

と言うことは否定されたわけだ。

この実験に立ち会った30人ほどの科学者全員が、脳は

考えない、という結論に達したのだ。然らば脳波は何か?

思考とは何か?思考と呼ぶ精神的なエネルギー作用は、

どこからどのように派生するのか、という研究と実験も

行われた。それへの驚きの結論がレポートに書かれていた。

このような驚くべき実験が行われたのは、もう50年くらい

昔のことだ。それが世間に公開されていないのだ。

 

詐欺的な行為

一方で、巷の瞑想スクールなどは、瞑想の効果だとして、

アルファー波とか、ベーター波の画像を見せている。

そんなもの、イラストレターを使えば、簡単に作れる。

僕もイラストレターを使っていたから、そう言える。

だから脳波計の波形が瞑想の効果とは言い難い。

しかも人が静かな時、不安や恐怖の無い時、もし脳波を

計測するならば、多くは、アルファー波、ベーター波に

なっているのだから。

瞑想を極めた本物のヨーギたちの直線波に比べたら、

山あり谷ありのシーター波、ベーター波もレベルが

低い証拠と言えるだろう。

そうであるから諸君、脳波計の波を見せるような瞑想

スクールは、有名であっても、習ってもいいけれど、

殆ど時間の無駄だ。

 

脳は、あるものの振動を受け

取るだけのもの。

 

人の言葉、また動物のうめき声、小鳥のさえずりなど、

空気を振動させて、それを感覚器官の耳がキャッチする。

その振動を波形として認識し、音と識別し、或いはまた、

脳が考えているという常識は、いわば誤認から生じる。

問うべきは、誰が誤認するのか?知覚の間違いは誰が

間違うのか?ただ、それだけのこと。

何かが思考を生むと、脳にも振動が伝わる。それが脳波だ。

脳波は思考ではない。

感覚器官の働きをみれば、脳が考えるものではないと気づく

のではないか?

眼は物を見るけれど、音やにおいを知覚しない。

耳は、人の言葉や物音を知覚するけれど、物を見たり

味わったり映画を観たりすることは出来ない。耳が哲学

すると言う耳寄りな話も聞かない。このように感覚器官は、

それぞれ独立しているのだ。それらの情報は、バラバラだ。

感覚反応がバラバラであり、独立したバラバラの知覚に

よっては、人は正常な精神状態を保てないものだ。

また肉体の神経の流れは、ほとんど電気と同じだ。脳中枢と

感覚は神経組織によって結合されているから、バラバラの

情報が感受されているのだ。

 

ではなぜ、矛盾のない統一的な

精神状態になるのか?

このことが医者や脳学者にも理解されていないのだ。

何か未知なるものの働きが振動を脳へも伝達する神経

システムがあり、それを医学や科学、また脳科学者も

知らないという現実。認識の間違いから生まれる思考は、

間違った考え方をする。

そんな一つが「眠る97%の脳を活性化させるメソッド」と

いうもの。脳が思考することは、50年も前から否定されて

いるのだから、遠からず「眠る97%の脳を活性化させる

メソッド」は、詐欺的だったと誰かが証明するだろう。

 

この世がマーヤだと知らない人たちの論説は、ぜんぶが

ファンタジーだということ。ファンタジーの領域を出て

いない宇宙科学や脳科学者が何を言おうと、それは、

彼らの自己責任である。

だから日浦は、脳が考えると言う論説を認めることはない

けれど、それへの批判もしない。聞く耳を持たないから。

 

思考が脳から生まれるか、そうではないかなど、あまり

重要ではない。なぜなら、どうあれ思考は生じるからだ。

更に心が頭に宿るか、ハートに宿るのか、へその内側に

在るか、また、心は思考か、思考が心か、そうではない

のか、それさえも明らかになっていない。それも大した

問題ではない。

では、問題の核心は何か。

皆さんは、このブログを読んでから真実の知識を少しばかり

学んでいる。その要点は、「思考の消滅が人のゴールだ」と

言うことを。 また「心の消滅が人のゴールだ」と言うことも。

この究極目標へ到達する道は、思考を使うことや、無意識や

潜在意識を活用しろという論説の真逆方向なのだ。

どちらの理論が正しいか?などと思考を働かせてはいけない。

無思考に至ることこそ、真理への道なのだ。

 

「本当の自己を見出したい」という人たちへ知らせるべき

真実の知識として、「脳が考えるのではなく、見えざる思考者を

探しなさい」ということ。「心がどこにあるか問題ではなく、

心の動きを消滅させよ」というのが究極的な教えであり得る。

それを見出したら思考は消え去り、超越的な力が漲る。

それゆえ「眠る97%の脳を活性化させるメソッド」などと

いうコマーシャルは、それに関心を持つとき、おかしな思考を

増幅させるだけだ。自己の本性を知ることを妨げる。

 

さて、日浦は、「脳が考えるのではない」と言うことを

客観的に証明する方法をいくつか見い出した。だから、

いつの日か、それを公開するかも知れない。可能ならば、

有名な天才的な脳科学者との公開実験を望んではいる。

そのようなテレビ公開は、もし実現されたなら世界中の

心理学者や脳学者から猛烈な反撃があるだろうことを

承知しなければならない。だが目からうろこが落ちる

という真面目な学者も増えることだろう。

 

そうだ、有名になりたい人、誰か代理発表してくれないか?

発表中、なにが飛んでくるか、楽しみにして^^

 

 

潜在意識の嘘

表題の「潜在意識の嘘」というのは、「潜在意識を

活用せよ」という宣伝文句が嘘であるということを

言うのです。潜在意識そのものがウソだと言っては

いない。

追加

潜在意識を活用せよという文言も、ウソと言えない。

なぜなら潜在意識はあるからだ。しかしながら、

ここでの指摘は、潜在意識は、どういう世界なのか、

それを活用する時、何が起こるのか?活用して宣伝の

通りになるのか?それは、危険ではないか?という問い

かけと、その解答を示すものだ。

 

 【無断転載・流用禁止】 

このブログでは、この世をマーヤ(幻影)と呼んだり、

「人生は夢だ」と言ったり、「人は、身体でも心でも

ない」という教えが説かれ、更には、「わたしと言う

自我意識・エゴ」は、あなたでは無いのだと教える。

これらの言説は、誰にも受け入れがたく、分かりにくい

だろう。それらは、私という存在の否定を意味するから。

 

わたしは、いったい誰だろう?

 

皆さんは、眠りにおちてから、いろんな夢を見るよね。

例えどんな内容の夢であれ、目が覚めれば、見た夢の

意味を重要だと思わないだろう。

単なる夢。

変な夢。

怖い夢。

もう一度見たい夢。

もう見たくない夢。

しかし目が覚めてから、ああ面白い夢を見たと言うのは、

あなただけれど、それが自我意識のあなたであるという

説明なのだ。すると、目覚めたと言う自我意識のあなたは、

エゴであり、あなた自身では無いのだ、という不可思議な

説明になる。

これから転じて、目が覚めたという状態は、もう一つの

眠りに起こる夢なのだ。人生は目覚めた夢なんだよ諸君?

にもかかわらず、自分は身体だ、心が自分だ、この世こそ

本物だと言うのは、あなたではないと言う指摘なのだ。

だから、この世も。あなたの身体と心さえもマーヤなのだ。

それゆえ、あなたは地上の身体に生まれてはいないのだ。

教えの要点は、ここだよ諸君。

 

あなたは、生まれていないと言うのは、目覚めた時の

あなたが、自我であり、またエゴであるから、あなたは、

どこに存在するのか?

このような簡単なことが誰にも分からない。他者よりも

心をよく知っていると言う心理学者も分からない。

 

じゃあ、夢を見ている時の自分こそ、本当のわたし?

なぁ~んてことをいうと、おまえ馬鹿じゃあないの?と

言われかねないし、お笑い漫画の世界が展開するね(笑)

 

じゃあ、あなたは、どこに存在するのか?

わたしは夢の中?

わたしは現実と呼ぶ日常の中?

それとも、わたしは潜在意識の中?

本当のわたしは、プレアデス星にいる?

わたしは、肉体の中にいる?

わたしは、わたしの中にいる?

わたしは、彼の腕の中?

わたしは、マーヤの檻の中?

 

夢から覚めて後、意識的な日常の暮らしを

している時、学校、職場、家事、そこでは

思考が働く。雑多な想念が湧く。感覚的な

反応がうまれる。これらを含めて顕在意識の

世界、この世と呼んでいる。そして私と言う

自我意識が働く。そうだよね?

しかし、目覚めた意識状態を自我意識だと

いう説明からすると、意識的な顕在意識は、

自我であり、エゴであり、あなたではない

ということになる。

この説明が、「人生は夢だ」ということ。

 

再び、あはたは、どこにいるのさ?

やはり、わたしは潜在意識の中?

わたしは、新宿の某カフェの中?

 

夢を見るとき、それは、あなたが夢を見るのだけれど、

顕在意識(表面意識とも言う)よりも下層の世界へ

いく。このことも諸君は知らない。知らないけれど

あなたのマインドは下層の意識世界へ行く。それが

意味不明な訳の分からん夢の創作になっている事実。

訳の分からん不思議な下層の意識界より、もっと深い

光りなき意識の世界を「潜在意識」と呼んでいる。

いわゆる魔境とも呼ばれる暗闇の意識世界なのだ。

だから潜在意識は、決して知恵の宝庫じゃあないよ!

 

そんな不透明なところへ行って、どうなると思う?

先ずは、意識の鮮明さが無くなる。不透明な意識の

世界だから。そこへ行けば、行こうとしても簡単に

行けないから不幸中の幸いであるけれど、もし行けば、

そこは、過去のカルマが集積した場所。邪悪もある

暗黒の世界だ。

 

そのような恐ろしい潜在意識の領域に行けば、

あなたは重度な鬱か、ノイローゼになるか、気違い

になるかであり、不幸になっても好転することは

在りえない。

そうであるにも関わらず「潜在意識を活用すれば

人生は劇的に変化する」などというコマーシャル

氾濫している。

確かに劇的な変化(魔境)は起こりうるけどね(笑)

 

しかしながら諸君、もし潜在意識を活用しろという人が

いたら関わらないほうがいい。その彼らは、人を不幸に

する悪魔の使いか、悪魔本人か、単なるド低能者だから。

それでお金を取るなら、たちの悪い詐欺師でもある。

詐欺、ド低能も鬱ルンじゃない?^^

悪魔も鬱ルンだったら、怖いと思わないか?^^

もともと悪魔なら、そこへ行くのは楽なんだよね。

 

人の誰もが行くべき安全な所は、顕在意識を上方向に

超えた「超越意識」と呼ばれる高い意識の世界なのだ。

そこは、心理学者も認知学者も言葉だけしか知らない。

スピ世界の人も知らない。宗教関係者も知らないんだ。

なぜなら彼らは、この顕在意識というマーヤの世界に

住んでいるのだから、その脳は、顕在意識という心の

世界に限定されている。マーヤの世界に住んでいると

言うより、束縛されているんだ。

マーヤの世界を超越していない人達が、これが真理だ、

これがイエスの教えだ、これが本当の仏教だと嘯いて

いるのが現実の世相なり。だから諸君は、現実社会の

何かに束縛されるわな。

縛られるのが好きと言う人は、SM愛好家みたいか。

 

超越意識を別の言い方をするなら、そこが真我の世界で

あり、そこが知恵の宝庫。いわゆる、あの世の最も高い

境地を言い、思考や感覚を超越した世界であり、自我性を

超えた人の本性が定住する事実上のパラダイスなのだ。

そこは、ヨーガの教える秘密の至聖所。サマディー没入に

よる永遠に実在する至福の世界なのだ。

あなたは、今でさえ、そこの住人なのだ。。。

 

本当は賢い諸君に、

ダメ押しするために言おう。

 

潜在意識の下層は、無意識界と呼ばれる意識世界があり、

そこへ堕ちたら、その人は、恐らく廃人になるだろう。

この無意識界に隣接した暗黒境こそ、人々が潜在意識と

呼んでいる危険ゾーンである。

 

ここに笑える文言がある。

苫米地語録「潜在意識を活用すれば、無意識が自動的に

ゴール達成へ向かう科学的成功システムをあなたの脳に

インストールします」だと^^

 

諸君は、日浦のブログを読み、人の本性に関する知識を

得ただろう。それゆえ無意識だとか潜在意識を活用しろ

という人がいたら関わらないほうがいい。その彼らは、

悪魔の使いか、ド低能者であるか、マインドの理論武装

した詐欺師であるから。

次に来る記事「脳が考えると言う嘘」も見よ。

 

危ない潜在意識を使えというバカ・気違いは、大勢いる。

石を空高くに投げれば、バカに当たるくらい大勢いるよ。

そんな彼らは放っておけ。もう治らないのだから。

あなたが狂わないようにすればいいのだ。

 

わたしは、どこにいるのか?という問いの答えは、

「身体は、顕在意識の働く、この世に在りながら、

超越意識・純粋意識へと純化された心は、至福に

満たされた超越意識のパラダイスにいる。

その高い世界から肉体を支配するので、脳の思考を

超越している。だから全知全能になり、身体は病気を

知らず、悲しみや不幸も寄ってこなくなる。

そして、再び地上の人間に生まれることも不要になる。」

これが正解なのだ。

  

 

守護霊のウソ

マーヤ・幻影と呼ばれる、この世間では、チャクラと言う

語が普及した以上に、守護霊という語も広まっている。

 

このウソ情報を流布した最初の人は、誰か分からないけれど、

ハッキリ知られるのは、GLA教団の開祖であった高橋信次が、

いわば先駆的だ。彼の守護霊説のネタ元は、大本教の分科会

であった菊花会(怪しげな霊術を学ぶ会主催は東大卒の浅野)

でのことだと調べがついている。

菊花会の同じメンバーだった角田次郎という漫画家は、後ろの

百太郎を書いて、大儲けした。信次や角田次郎の守護霊説は、

浅野さんが創作した、完全なるフィクションだったのだ。

 

江原教

それから後、江原という人物もまた、やはり守護霊がいると

言い張り、そのような書籍をだしたり、テレビ出演したり

して、有名になった。

テレビ局が演出した、江原への相談者との対面のなかで、

相談者の守護霊から、江原が話しを聞くというポーズをとる。

だが彼の答弁は、あいまいな事ばかりであって、客観的な

事実を言い当てることが出来ない。歯切れが悪い回答だ。

そうなるのは無理もない。なぜなら、江原は霊的な眼が

開いていない。だから霊的なものが観えない。霊的存在との

会話も出来ない。それゆえ守護霊と会話するという嘘を

ついているのだ。そのことは、本人が自覚してはいるが、

彼に限らず守護霊の存在、非存在性は、誰にも証明する

ことができないことを熟知しているから、ウソをつくも

平気なのだ。だからテレビ局へは、江原は本物じゃあない、

胡散臭い、拝金主義だなどという苦言が届いてはいる。

そのことは、Youtubeにも公開されている。

 

江原らが語るような守護霊は、
存在しない。

 

もし江原がまともな普通の人なら、存在しない守護霊を

存在するとは言わないものだ。それゆえ霊的なものとの

対話能力がない者が、非実在の守護霊と対話すると言う

醜い嘘をやらないものだ。

この指摘こそ問題の核心なのだ。

ウソをついて人を信じさせて、お金をとるなら詐欺師と

呼ばれるのだ。普通はね。。。

「江原が偽物なら三輪さんは本物ですよね?」と問い返した

人が幾人もいる。僕の答えは「本物が偽物と対談することは

あり得ない。本物が偽物に迎合することはあり得ない」と

いうものだ。

 

この指摘は、皆さんも同意できるだろう。

 

そう言う日浦もまた、一時期は守護霊なる者を信じていた。

詐欺師の高橋信次と出会ってから、幻覚を刷り込まれたから。

過去の恥をさらすことにしよう。 

信次の会社に勤務したころ、長女が生まれた。生まれる

少し前、霊的な存在がやってきて、あなたは長男を望んで

いるけれど、生まれるのは、女の子です。と告げた。

その通り女の子だった。いま思えば、それを信次に聞いた

ことが間違いだったのだ。信次は、君に告げたそれが

守護霊だといった。単純にそれを日浦は信じたのだ。

若さって、バカさかな?(笑)

だが、ウソの洗脳は、いつまでも続かない。自分を観る

なら、聖霊と呼ぶ霊的存在は頻繁に出会うけれど、それが

自分の守護霊ではないことを理解してゆく。守護霊も聖霊も

ほとんど興味を持たない日浦だったのだ。

 

それから多くの時が流れ、60代後半になって、紫蓮さんと

出会ったころ、守護霊についてもお聞きした。

紫蓮さんの答えは、「守護霊は、自分で創るものです」と

いうものだった。

この説明は、省略するけれど、信次や江原が言うような

守護霊は、ファンタジーなのだ。信次や江原の語る守護霊は

存在しない。他の宗教団体が語る守護霊もファンタジーだ。

諸君の多くは、ファンタジー守護霊を信じている、とても

素敵な人なんだね?^^

 

日浦の守護神である神獣たち。黄金の大鷲、大龍、鳳凰、

白虎その他は、みな真我を体現した神獣であり、これが

日浦の守護霊と呼べるものかも知れない。

こうした霊的存在である守護霊を、自分で創れるような

高い境地の人は、滅多にいない。というか他にいないのだ。

だから普通の人に守護霊がいるという主張がおかしい。

 

結 語

もし人に守護霊が存在するなら、どうして不幸が生じるか?

なぜ、難病や奇病にかかるのか。なぜ犯罪者が絶えないのか?

困った時でさえ、祈ったくらいでは不幸は消えず、人に悲嘆が

あり続ける。

それでも守護霊が存在すると言うなら、役に立たない脳無の

守護霊か?という問いも持たなければばらない。

おバカさんは言いう。「いや守護霊の力及ばず、天上界から

地上のわたしを見て涙している」なんてことを言うスピ系の

人もいるが、付ける薬は無いね。

 

悟った聖者達によって、守護霊の存在が語られていたのか。

守護霊が存在すると言及した聖者はいない。ラナマ・マハルシ

さんもそれの存在を語らなかった。存在しないものだから。

人に守護霊がいようといまいと、不幸や病気は生じている。

 

守護霊が不在であっても、人が自己の本性を知覚することに

何ら支障はない。だから守護霊説は必要がないものだ。

守護霊説を受け入れると、それへの期待感や依存心が高まり、

反面、自立心・独立心・自己責任感が薄れてゆくという弊害が

生じるだろう。守護霊を信じるとき、迷妄の世界へ行く。

 だから根拠なき守護霊説など受け入れないほうがいい。

 

余 談

信次の会社にいるとき、ひとりアパートで瞑想したものだ。

すると近くに姿なき霊がやってきて、何だかんだと言うのだが、

それが不浄なもと分かり、僕は言うことを聞かない。

すると出勤してからの信次いわく、守護霊の指導に身を任せよ

と言う。その指示が不気味だったので、瞑想もしなくなったし、

近づいてくる自称の守護霊に無関心になった。

それが正解だったのだ。

なぜなら信次らの言う守護霊は、すべからく悪意ある憑依霊だった

ことが明らかになったからだ。日浦の瞑想を邪魔した、守護霊は

信次が送り込んだ魔界のものだったと判明した。会員の霊能者も

憑依されものだ。娘の佳子が語る守護霊説も父親から受け継いだ。

恐ろしいね。。。

もし、江原が本当に守護霊と会話できる、と主張張するならば、

それは、信次の言う守護霊と同じものであるだろう。

信次いわく、「われ(信次のこと)を信じる者は、このいにしえの

蛇に飲み込まれる」と。いにしえの蛇の記事あり。

これを転じて、江原を信じると、同じことが起こる可能性あり。

なぜなら、彼らの本を読んだり、講演会に行くと、お持ち帰りが

あるのだから。。。

お持ち帰りするものとは、あなたに観えない霊的なモノだ。

 

グリコのおまけ

幸福の科学の主催?大川隆法は、多くの霊言集を本にした。

それらは、相手の守護霊から聞いた情報を書籍化したと言う。

しかし、存在しない守護霊と語るという姿勢は、詐欺師の

信次や江原その他と同じ詐欺であり、大川の言う守護霊は、

彼(大川)のネタ元の信次が語った守護霊と同じものだ。

 

いつの日か、彼らの語る守護霊が、

真っ赤な嘘であることを客観的に

証明してあげよう。

 

 

無知と邪悪から生まれた「いにしえの蛇」に

飲み込まれたく無ければ、

諸君、スピ世界、宗教を離れよ。

 

チャクラの嘘

 

皆さんは、「チャクラ」と言う語を知っているだろう。

大方の概念は、身体内にある7つの霊的中枢であるとし、

その位置とチャクラの色彩について色々と語る者もいる。

少し細かな説明になると、魂は五つの鞘と呼ぶ五つの

ボディーとしてなるものとの説明がある。

最も粗雑なボディーは、皆さんが直接知覚する身体だとする

説がある。そうではなくて、心が外側のボディーだと言う

聖者もいる。次なるボディーは、エ-テル体、その次は、

アストラル体などという説明もある。更には、それぞれ5つの

ボディーには、それぞれにチャクラが存在するという手の

込んだ説明もある。

この説明からすれば、ボディー5個 × チャクラ7個 = 35個もの

チャクラがあることになる。さらに、チャクラ数は、6個とか、

10個あると言う者もいる。

 

それらは、本当なのか?

結論から言おう。

先ずは、スピ世界の住人たちが様々に語るチャクラ説は、

大きなウソである。

チャクラと呼ぶものは、身体内に存在しない。

 

チャクラと言うのは、清められた心が到達できる霊的世界を

説明するうえでの例えなのだ。特に古代のヨーガを修練して、

真の悟りに達した人たちは、宇宙を14の領域に分別していた。

だが、ヨーガの学派によっては、それの説明が異なるのだ。

それをさらに次元の異なる7つの霊的世界があるという説明を

したのだ。

これについても、各学派による見解の違いが顕著であり、

いったい何が真実なのか、誰にも分からないようになった。

古代の本格的なヨーガを体現した者たちでさえ、そこは、

説明の出来ない世界だと言っているのだ。それらの説明は、

細かく聞けば聞くほど、聞いた誰もが理解できないのだ。

 

近年では、「ラージャヨーガ」の本を著したヴィべーカ

ナンダの師であった、ラーマ・クリシュナ師のチャクラの

説明があり、「あるヨギの自伝」を書いた、パラマンサ・

ヨガナンダの師であった、スリ・ユクテスワ師の説明も、

かなり異なっている。昔から、聖者はみな違うことを言う

のだ。悪意からではないが。そういう歴史的な経過がある。

 

5つの鞘とは

魂を覆う5つの鞘は、悟った人の説明において、様々な説が

ある。それらを深く調べた求道者は、その異なる説明を聞いて、

迷いが生じる。迷いがあれば、その修練法方も間違えるだろう。

悟りをシンプルなものにするには、身体を持ったままで、

魂が身体を抜け出すとき、7つの次元と言う知識を無視し、

また5つの鞘と言う知識も無視して、一直線上にいわば

脊髄中を登り、頭頂のチャクラであるサハスラーラを

超えればいいのだ。そこへ到達した時、魂の鞘をパチンと

破ればいいことだから、5つの鞘についても詳しく知る

必要もない。

要は、誰がそれを説明するかと言うことであり、難解な

説明をする聖者は、他者を解放する気持ちが薄いのだ。

 

 

ネット上で語るチャクラはウソ

先ずは、そのような次元の異なる7つの広大なる霊的世界が、

感覚器官が作り出している画像としての人の身体内に有る

わけがない。このことも人は分からなくなったのだ。

 

チャクラとは、心の7段階、7つの階層という次元を持つ

霊的世界のことを言うのであって、そのような広大無辺なる

世界が卑小な人体内に存在するわけがない。

それ故、チャクラには、それぞれの色があると言うは、

チン説になり、チャクラを輝かせるなどと言うは、滑稽な

表現であり、悪質なものは、チャクラの浄化だなどと言う

ものがある。チャクラへの瞑想という表現もおかしいのだ。

それぞれの次元を持つ霊的世界を自分の意思によって、

操作できるというような迷チン説がネット上でも語られて

いるが、そういうことを語る人は、無知な嘘つきだと

言わなければならない。そのような人には、近づいては

ならない。チャクラを語る彼らを信じてはならない。

あなたが更なる愚か者にならないために。

どこかの教祖であるバカボンは、11次元あるなどと言って

いるが、信じてはいけない。

君子 危うきに近づかず。

 

ここで諸君に聞きたい。

問 1 無知ゆえの嘘つきな人の言うことを、そのまま信じる人を、

なんと呼べばいいのだろうか?

あなたの答え:

 

問 2  嘘にまみれた知識を真実だと信じて、自分はスピリチュアルに

精通していると嘯く言う人を、あなたはどう評価するのだろう?

あなたの答え:

 

日浦の答え:すべてのスピリチュアルは、人の心が空想した偽りだと

識別し、そのような価値なきスピ本を捨て去ることによってのみ、

自己の内面へ向かうことができ、ついには、森羅万象という形ある

物質の根源(非物資なる実在の世界・唯一なる根源)を直接的に

知覚することが出来る。

魂を知覚した結果において初めて、チャクラと呼ぶ霊的世界の真実を

知ることができる。ここへの到達に至るプロセスは、日浦が教える

ことをやればいいのだ。総ては自動的に成し遂げられる。

だから、チャクラとか、5つの鞘についても、その知識さえ必要が

ないのだ。チャクラとか、クンダリー二とか、スシュムナーを語る

のは、霊的世界の実相を知らない人であり、悟っていない人である

から、そういう人には、近づいてはいけない。

 

聖書に在るヨハネの黙示録にある7つの教会とか、星と言う語は、

チャクラを暗示してはいるが、それらが小さな肉体の中に在る

わけではない。