瞑想のこと

今朝、東北在住の人から送られた質問メールです。

 

お世話様です。

本日の瞑想中にも画びょうの赤い色が

なくなってしまいました。

色がついたり消えたりを何度む繰り返して

るうちに、なんと目印の画びょう自体が

消えてしまうといった現象が時々

発生してしまいました。

 このまま続けても大丈夫でしょうか?

何かやり方が間違っているのでしょうか。

 どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

【日浦から】

 

おはようございます。

画鋲の色が変わったり、または、見えなくなっても
問題ないですよ。物質はマーヤだから。
ただ、そうした奇異な現象に気を取られないように。
もっと不思議を観たいとか、今度は何が生じるのか?
という想いが生じるなら、
それは、自我の投影する幻影です。
引っかからないように。
いまのままの瞑想状態でよいですよ。
日浦裕次より
 
追伸
瞑想中に何も生じないとあせる受講生もいます。
一方で、日浦の黄金のオーラーを見たり、強烈な
稲妻やその他を見せたら、自分の力ゆえだと思い
上がる愚かな人もいます。
瞑想の進展には、その時と、個体差があるので、
不満や焦燥感は持たないように。
セミナーを受講した人はみな、日浦がそこへ導く
との約束したことを忘れないように。
 
 

これも奇跡だよ

お世話になっております、大阪の◯◯◯です。
おかげさまで、パートは順調に行っております。
先日 ラーラエゾさんのブログを見て、(あっ!
パート行き始めてから  瞑想してない!)と
気づかせて頂きました。(・_・;   再開します!
時折、また マインドから体調が良くない方向に
いきますが、幸い 先生に指導して頂いたように
手にしないようにしていくと 大抵 大丈夫になります。
朝、私が乗るはずの電車がとまり  なぜか?スマホの
電源がその時に限って落ちたり、帰りの電車に 閉じ
込められ 過呼吸になりそうに なったり(離婚以来
あるのですが) 短期間に 色々ありましたが、
その都度  (何でもない、何でもない。。)と やり
過ごす事で難なく過ごす事が出来、それと なぜか?
朝 6時54分頃に 目がさめるのです。出勤の日は、
ほぼ、毎日です。(目覚ましは、7時過ぎにかけて
います。)朝に弱い私には 考えられない 恩恵を
受けている事に 驚きと共にとても感謝をしております。
真の存在と まがいものの私が せめぎ合っている
ような 感覚を覚えますが、少しずつ マインドに
飜弄されづらくなってきているように思います。
驚きと言えば、
昨日 来年就職する娘の普通自動車免許取得の
申し込み為 教習所へ付いていきました。
私は、20代の頃 教習所で 普通四輪の教官を
していた事があるので、なつかしく感じていて
その頃から、あの とんでもない鉄のかたまりを
二輪で走るなんて。。と 大型バイクを乗る人は
違う星から 来た生き物なんだなあ。。。
と 思っていました。
なので 先生のブログを見て 唖然としました。
マインドの制限がない事で 為せる業なのか。。⁈
まさに、神業!!などと色々と考えてしまい、
ブログを拝読する事で マインドを無視する
どころではなくなりました。(^_^;)
また、ブログを 楽しみにしています!!
 
【日浦】
 
>おかげさまで、パートは順調に行っております。
 
いいね。何もできず寝たきりだった君が、パートを
継続できるようになったのは、まあ奇跡だよね。
ただパートに出ると、何かと人と接することが増えて、
マインドが動揺する。なるべく無関心を心掛けよ。
>時折、また マインドから体調が良くない方向に
いきますが、幸い 先生に指導して頂いたように
相手にしないようにしていくと、大抵 大丈夫になります。
朝、私が乗るはずの電車がとまり  なぜか?スマホの
電源がその時に限って落ちたり、帰りの電車に 閉じ
込められ、過呼吸になりそうに なったり(離婚以来
あるのですが) 短期間に色々ありましたが、、、
 
そういえば、君は護符を買ったのか?それとも
買わなかったのか?
 
【この返信】
こころ 温まる お返事を頂けて 光栄です。
通勤電車の中、癒されました。本当に 奇跡です!
ありがとうございます!
はい。マインドに 巻き込まれないよう 気づきを
保ちたいと思います。
 
先生のセミナーを受講してから 私は 自分の弱さを
自覚させて頂きました。今までの人生とは うって
変って なるべく人と深く関わらないようなパートに
就きました事が、功を奏しているように感じます。
 
護符は、喉から手が出るほど 欲しかったのですが。
いや喉から手が出ていましたが(笑)
あの時の経済状況の為 泣く泣くひっこめました。
>_<
次の振り込みの時の支払いで大丈夫でしたら
購入させて頂きたいです。価格と大体の送料を
教えてください。
 
 

鈴鹿の訓練

二度とバイクに乗れない。そして、バイクの受験さえ

受けられないと言われていたが、ついに大型バイクの

試験に合格した。控室には、2人の合格者がいた。

免許証を持ってきた試験官は、「このなかに免許を

発行できない人がいる」と言い、免許を貰った二人は

嬉しそうに退室した。

 

さて後は、試験官を誘導すれば、免許が手に入る。

だろう?

試験官をマインドコントロールした結果、貰えた。

その裏話しは、省略しなければならないね(笑)

そして、遂に日浦は、大型バイクの免許を手にした。

 

やったぜベイビー!

 

その足で購入を予定したバイク屋へ行き、免許が

あることを見せて、買い、それに乗って中川先生の

教習所へ遊びに行った。

先生:「合格おめでとう。このバイクは買ったのか?」

日浦:「合格を前提にして買っておきました。」

あの当時は、輸出専用ヤマハ・VMax・1200CCは、

世界最強と言われたドラッグレース仕様の世界最速

マシーンだった。

チェーンではなく、シャフトドライブだった。

 

先生:「こんな化け物マシーンを買ってしまって、

命を落とすなよ。」

そう言いながら、VMaxにまたがったかと思いきや

路上へ乗り出し、あっという間に姿が見えなくなった!

乗ったことのないバイクを瞬間に乗りこなすのは、

まさにバイクの神様ゆえと言っていい。

1時間ほど経って帰ってきたが都内を自在に疾走した

のだろう。

先生:「素晴らしいバイクだ。史上最強と言えるな。

君は、特別訓練生として、白バイ隊の訓練を超えた

特別訓練をしてあげよう」

それから、一般高速道や都内の公道に出て、しかも

白バイ隊とも一緒に走った。人の居ないところでは、

白バイ隊員とスピード競争もした。訓練された白バイ

隊員も、VMaxのパワーとスピードに追従できなかった。

日浦の走行テクは、白バイ隊員と変わらないまで上達

していた。

 

時々、都内を走行したが、白バイが追いかけて来て、

敬礼してくれる。なぜかって?日浦の走りが白バイ隊と

同じなので、非番の白バイ隊員だと思い、敬礼してくれた。

 

更なる訓練として、鈴鹿サーキットでの特別訓練も

受けた。その時の写真。ゼッケン NO.1が日浦。

前列の黒いチョッキ姿が、中川先生。

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サーキットを走るとき、そこには無いと言うのに、

信号とか交差点、小石などを時々意識して走るから、

速度が落ちる。恐怖心が負けを生むのだ。

毎日サーキットを走っているインストラクターも

バイクの神様のような走りを見せてくれた。

 

バイクの世界でも、高度な知識と訓練されたテクが

とても重要だと思い知る。

限定解除した

記録破りの8時間走行という関門を突破したから、

中川二輪教室の門下生になれた。

やったぜ、ベイビー!

毎週の練習が楽しくて、仕事は社員に任せて、

週に3泊4日の出張を繰り返した。殆ど会社に

いないってことだ(笑)

社員もまた社長が不在だと、気が楽なのだ。

練習は、なんと80時間もやった。

中川先生:「もう試験を受けて来い。だがいいか、

試験に合格しても、新潟での暴走は、僕は聞いて

いないんだぞ。分かるな?」

日浦:「もちろんです(笑)」

先生:「よし、行って来い!」

日浦:「押忍!」

1月の寒い快晴の日、乗ったことのないおんぼろバイクが

試験用のバイクだった。エンジンを書けたら、かかって

すぐにエンストした。

試験官:「はい、不合格。はい次」

日浦:「はあ?それは無いでしょ?」

試験官は耳も貸さない。よし翌日も受けよう。

その翌朝、快晴だったけれど、風が冷たくて体が

硬直している。スタートラインの前方は、路面に

氷が張っていた!

スロットルを開けたら、直ぐにこけた。こけて当然だ。

試験官:「はい、不合格。はい次」

 

この事を中川先生に言ったら、合格しないように

わざと障害を作っているのだとか。

3度目の日、快晴だったけれど、午後からの試験ゆえ

氷が張っていない。

この日、合格するという確信があった。

試験官のことは眼中になかった。中川先生から受けた

訓練を現すだけだ。次々と課題をクリアーして走る。

パイロンをよけながら走るスラロームは、足を乗せる

ステップが路面をこすって火花が飛ぶ。体は地面すれすれ。

試験官はじっと日浦を見ていた。試験官の様子を見る

ゆとりがあった。

白バイ隊員の走り、そのフォームを真似て大胆に暴走した。

おとなしく乗るのは、不合格になると教えられていたから。

コースを最後まで走らせた試験官。

スタート位置に戻れば、「いい走りだ。合格だ。」と言い、

「どこで走りを習った?」と聞くから、「僕は中川先生の

門下生です」そう言ってみた(笑)

すると、「あの先生はバイクの神様だ。素晴らしい先生を得て、

君は幸せ者だ」といい、「免許証をもらいに行け」と言って、

免許をくれる建物を指示した。

 

さてさて、無事に免許がもらえるものなのか?

 

関門突破

警察官が人を殴っていいのですか?

これって傷害事件になりませんかね?

と、驚きの言葉を日浦から聞いた中川先生、

顔面が固まりましたわ(笑)

 

中川先生:「40歳を過ぎてもまだバイクに乗り

たいのか?」

日浦:「はい。バイクに年齢はありませんよ。

いまよりも高齢化して腰が曲がったら、サーキットを

走るような前傾姿勢のバイクが体に馴染むでしょう」

そういうと、笑いたいのに笑いを我慢する先生だった。

 

受講を認めない、いや認めて欲しい、という問答が

1時間ほど続いた。中川先生は、日浦の論法に勝て

なくなり、大いに困っていた。何とかして受講を

断念させないといけないと考えていた。

中川二輪教習所には、様々な経歴を持つ人が来る。

もし、教習所のコースを連続して2時間走れるなら

入門を許可してやろうと言った。

狭い土地の中には、スラローム、一本橋、踏み切り、

エスクランク、単制動コースなどがあり、直線部分が

殆どない。クラッチを切る左手、前ブレーキをかける

右手、両手の握力は頻繁に使わなければならない。

こんな場所なら1時間もやれば、両手が動かなくなる

だろうと思った。

困惑した日浦の顔を見ながら、中川先生は条件をだした。

「この試験場を一時も停止せず、連続走行した最高の

記録は、なんと4時間だ。もし君が4時間を超えて走り

続けるなら、入門を認めてやろう」そういう先生の顔は、

もう勝ち誇ったかのような表情だった。最初は2時間と言い

今度は4時間以上だと言う中川先生。これが、お断りの

条件だったのだ。

連続走行が4時間だって・・・!?本当に、記録がある

ことなのか?ウソじゃあないのか?

 

大型バイクに乗りたい一心は、

道なき道を開くだろう。

 

僕は言った。「先生、警察官が頭を殴ったことは

忘れます。しかし、4時間を超えて乗り続けたら、

入門を許可すると言う今の言葉は、約束ですよ?」

中川先生は、微笑みながら「約束する」と言った。

40歳を過ぎたおじさんに出来る訳がないと踏んでいる。

ナナ半バイクのタンクに、ガソリンを満タンにして

もらい、借りたヘルメットをかぶる。スーツに

ネクタイ姿のおじさん。走行の状態は省略しよう。

朝から走りだして、バイクを降りてトイレにも行かず、

ランチも食べず、ただひたすら走り続けた。そして、

いつの間にか夕暮れが来た。体が硬直して、バイクと

共に倒れた日浦。なんと、日浦は8時間もの連蔵走行を

果たしたのだ!

 

中川二輪教室の記録破り!

関門は突破した!

 

バイクを降りれば、手首は、腕と同じ太さになって、

指は、野球のグローブのように太く腫れあがり、

紫色をしていて、指も手首も動かなかった。

 

中川先生、そこのインストラクター、練習生の皆が

大きな拍手をしてくれた。

鬼の中川先生は、涙を流しながら、日浦に抱きついた。

そして、約束通り、門下生にすると言ってくれた。

というか、そう言わざるを得ないだろう。

8時間も連続走行において、一番に驚いたのは、この

日浦だろう。

 

また続くかな・・・

 

 

道を開く

高速道路を300キロの速度で走った道路交通法の

違反者。警察からは、バイクの試験さえ二度と

受けられないと言われた。

二度とバイクに乗れないのは、寂しいものだった。

 

 

ツーリングの日は、バイク仲間が家の前に集合し、

エンジン音を吹かず。バリッバッバリッ、ドッドッドッ、

ブーンブン、バイクによって音が違う。当たり前だ。

「俺たちツーリングに行ってくるからな、いい子にして

留守番していろよ。そしたら土産を買ってくるからな(笑)」

 

 

その夜、これからツーリングに行くぞ!という夢を見た。

ライダースーツを着て、メットを持ってガレージへ行った。

 

あれ?僕のバイクが無い!?

家の周りを探すけれど、どこにもない!切なくて泣いた

ところで目が覚めた(笑)バイクは売り飛ばしたから

あるわけが無い。

 

大型バイクに乗りたい一心は、

道なき道を開くのだ。

 

何がなんでも大型バイクに乗りたい!

考えに考えた末、東京は、高田の馬場にいる友人宅へ

住民票を動かして、都民として受験すれば、新潟での

暴走履歴が消える。

だろう?

そして、試験に無事通れば、大型バイクの免許が

もらえる。だろう?

そう考えた。

 

あの頃は、暴走族が全国に多発し、傷害事件や交通事故を

起こすので、大型免許は、与えないという方針だった。

重量があり、大きなパワーを生み出す大型バイクは、

訓練とテクがないと乗りこなせない代物だ。訓練もテクも

無い者が乗るから事故が起こる。これ当たり前。

 

府中の試験場では、日に300人が受験するという噂を聞いた。

受験の希望者はさえぎれない。だが合格はさせない。

試験官は、わざと落第させるよう色々と工夫していた。

ひどいおんぼろぼろバイクを運転させて、すぐにエンスト

するから、「はい、不合格!」という具合に。見ていると

面白かった。

冬になれば、試験場の路面には、夜間に水を撒くそうだ。

朝の試験時は、路面に氷が張っていて、みながこける。

「はい、不合格!はい、不合格!」という具合に。日に

受験者300人をさばくには、良い方法だったのだろう。

これも見ていて面白かった。だから日に3人しか合格

しないのだ。と言うより、3人にしか免許を与えないと

いう方針だった。合格する3人は、恐ろしくテクのある

ライダーなのだ。

だから、東大入試かナナ半(750CC)の面許かと揶揄

されていた時代だった。それは、神業レベルのテクが

無ければ、合格しないのだ。

そんな技が僕にあるわけがない。わざと不合格にする

試験は、怖かった。

 

あの頃、白バイ隊長兼白バイの試験官が、大型二輪の

教習所を府中で運営していて、全国的に話題だった。

バイクの神様とも言われた人物。さらに鬼の中川とも

言われていた。同じ新潟県人だと分かったので、ぜひ

門下生にしてもらおうと考えて、あのころ府中にあった

「中川二輪教室」へ行った。

 

隠し事は良くないと思ったので、初めに事情を正直に話して、

門下生になりたいと告げた。

すると

「バッカもん!おれは警察官だ!

免許取り消し野郎に教えるわけがない!」

そういって、持っていた竹刀が僕の頭を激しく直撃した。

 

ふんふん 

 

「おおー!!警察官が人の頭を殴って

いいのかな?これって傷害事件に

ならないのかな?」

と大声で言って、中川先生の怒りを破壊してやった(笑)

続くにしようか・・・

 

 

 

 

疑似体験

「われハヤブサ」 2016 年 01 月 28 日

なぜか自分の馬鹿話を書きたくなった。

地上にいる残り時間が見えたからかも知れない。

40 代の頃、趣味は多彩だった。バイクもその一つ。

離婚した直後だったこともあり、チューニングした

バイクにまたがり、行く当てもなくツーリングする

日が増えていた。仲間たちと山の峠道を疾走する時、

生きることの嬉しさがあり、こみ上げてきた。

「生まれてきて良かった!」そういうものが内にいた。

そいつに向かい、「バカもん!」とカツをいれたりした。

北海道の一周旅行も体験した。

ある日、新潟から練馬インターまで走り、都内の

カフェに入った。この時もまた死にたい、という

願望が起こっていた。死に場を考えていたら、

新潟県は上越新幹線と関越自動車道が並行している

場所があることを想いだした。

「よし新幹線の速度を超えて死のう!」と思い、

練馬インターに突入し、そのまま疾走した。

死を決心したら会社や残された者の事など考えない。

その走る姿は、生まれたことの悲しみ、死ねることの

喜びを抱えたハヤブサの如く飛ぶライダー。

休憩を兼ねた長岡インターでは、新幹線の時間表を読み、

スローな速度で高速道路を走る。

来い、新幹線。

やがてバックミラーの中には、小さな新幹線があった。

それを見て、フルスロットルにして、疾走するわれ。

しかしアット言う間に新幹線に追い越されてしまった。

更に、前傾姿勢になり、更に、静かにスロットルを絞る。

もう一度絞る。すると大砲の大筒から弾丸が飛び出すが

如くの勢いがうまれ、バイクが軽々と飛んでゆく。

すげえー!!こんな刺激的な体験は、誰にも出来ない

だろうな!

視界は野球のボール大になり、その周囲は真っ暗だ。

想像を超えた恐ろしい風圧。顔を横に向けて横目を使う

ことも命がけ。小さな石を踏めば、バイクは風に舞う

木の葉のように宙を舞うだろう。或いは、いきなり

進路変更する車があれば、激突するのは確実だ。

そしたら今度こそ、確実に死ねるか?

死ねるだろう!

そしてついに、新幹線と平行になって走行した

中年暴走族の自称ハヤブサ!(笑)

ハヤブサと言うのは 50 万円もかけた大きめの

ハヤブサの絵を持つオーダースーツのことだ。

今なら黄金の大鷲だと言いたいね。

速度メーターは、270 キロを超えていた。

 

おー! 

 

いくども幾度も苦悩と死線を超えたゴミの

ような我が人生。こんなゴミは要らないんだ。

早く死ね!

よし!! これが最後の暴走になる、そう思った。

総ての力みを放ち、スロットルを絞り、また絞る。

遂には、バックミラーの中に新幹線は消えた。

やったー!

速度メーターの針は、300 キロを超えていた。

KawasakiのWWZRは1100cc、350キロの

スピードが出る輸出用モンスターマシーン。

 

ふと気が付けば、上空をヘリが低空飛行している。

いったい何だろう?

用事を思いついたので下車することにした。

新潟の料金所を出ると、そこにパトカーが三台いて、

中から六名の警官が駆け寄り、僕は手錠を掛けられた。

免許証を見せろと言う。「ミスターマリックなら、

後ろ手の手錠のまま、免許証を出すかも知れない。

だが僕は手品が出来ないんだよ」と言えば、

「あ、そっか。じゃあ手錠を外そう」そいう言った

警察官。聞けば、数か所でのネズミ捕りがあったと

言うが気づかなかった。暴走は何日も繰り返していた。

だから暴走するハヤブサを追撃するヘリが飛び、

各インターには、白バイやパトカーが待機したそうな。

高速道路から途中下車しなくとも、どこかで逮捕された

だろうと思った。

またしても死ねず。しかも免許取り消しだってさ(笑)

 

一年後、自動車免許は採り直した。だがバイクの

免許はくれないと言った。それでも乗りたい一心が

支えになり策略を練る。東京は府中の試験場へ行き、

受験できない違反者であるというのにも関わらず、

大型バイクの試験に合格した。だから今でも大型

バイクの免許があるわけさ(笑)

当時、大型バイクの合格を「限定解除」と呼び、

ライダー達のあこがれだった。

 

こんな暴走の体験記をなぜ今ごろ再掲載したのか。

人が自己の本性へ向かうことと、似ているからだ。