クイズ-3

このブログは、真実についてを語っているものの、

読者からすれば、誰からも聞いた事がない衝撃的な

話だったり、ショックのあまり家族の夕食を作れず、

やむなく、全員が「ホッカ弁」になった家族あり。

時には、ホッカ弁も旨いよね(笑)

日浦は、ウソを書いているのではないか?と思い

ながら読む人もいたようだし、それでいて引きつけ

られるし、本当の事をハッキリ書いているような気が

するけど、なんだかちょっと胡散臭いしコワイ。。。

そして、書いていることの意味が分からな過ぎて気に

なる笑。⇦ 誰かさんの率直な感想に拍手(笑)

というものでは無いだろうか。

そうであるからこそ、皆さんが理解を深めるために、

またクイズを出します。このクイズを解かない限り、

人は覚醒できないのです。覚醒できないと言うのは、

ずーっと夢の中だと言うこと。そうだから、老いて

なおも人は夢みる少年少女。⇦ 若いね。

 

前提:古く古代インドのヴェーダンタ哲学では、

この世をマーヤ(幻影・まぼろし)であると言及して

おり、身体と心は、あなた自身では無いと言っている

のです。それに対し、日浦も同意するものです。

日浦はまた、人は誰もが知的生命ロボットなのだと、

随分とひどいことをさらりと言い、また、この世界を

ウソから成るファンタジー界なのだと、世界が驚き

怒るようなことを平気で言ったり、人は誰もが自分

自身を殺して生きているのだという紫蓮さんの驚愕

すべき説明を全面的に支持したり、皆さんの人生は、

ただ目覚めた状態での、事実上の夢でしかないと、

正直にハッキリと言っているのですが、読者の多くは

眠りにおちているので、冒頭に書いた読者等の印象を

受けるだろうし、読者の中には、日浦自身が、ファン

タジー星か、もしくは、イッチャッタ星から来た

んじゃあないのかい?とさえ思う人も居るだろうし、

しかしながら、皆さんが今でさえも夢の中で夢見る

人なのです。と本当のことを言っているのです。  

この世に生じることは全部まぼろし。
なぜなら、この世は、ウソから成る
ファ
ンタジー界であり、夢見る人の
住む
ドリームランドなのだ。大人も
毎日まいにち、苦しみながら楽しむ
入場無料のドリームランドなのだ。
あなたは、本物ではなく、夢も見る
知的生命
ロボットなのだ。時に成り
すまし野郎
と呼ばれたりもする。と、
こんなこと誰が信じるもんか。でも
なぜ、信じられないのだろうか?
 

問い:人生は、夢の如しと言う喩え話ではなく、

実際の夢だと言っているのです。つまり、眠りから

覚めた時、その目覚めた状態(仕事、学校、家庭、

遊びなど)も夢そのものだと言っているのです。

つまり夢の中で会社に勤めたり、夢の恋愛をして

夢の結婚生活をしている。哲学者等は、夢の中で

哲学を語り、宗教やスピリチュアルなども、ただ

個人の夢物語を語っている夢見る人なのです。と

そのように日浦は言っているのです。

人生論を語る人も同じく、目覚めた眠りのなかで、

夢の哲学を語っているのです。政治も経済もぜんぶ

目覚めた状態のドリームなのです。それゆえ、この

世はドリーム界でもあると言う、まさに夢のような

本当の説明をしているのです。

もし、それが事実であるなら、人はみな大きな間違いを

犯していることになる訳です。なぜなら夢の中の人生は、

なんら意味も価値もあるわけもないのだ、ただ寝ぼけた

状態の夢の中の人生なのだ、という事実上の大きな衝撃を

受けることになるからです。目覚めた状態がなぜ夢である

のか、その理由、根拠となることを「ふたつ」挙げてく

ださい。それの細かな説明は、なくてもOK牧場です。

『俺は、断じて成りすまし野郎ではないぞ』という人は、

問いに対する否定論でもOK牧場かな。

模範的な答えは

答え1:

答え2:

答えの説明:

回答は1週間後くらいに書きます。皆さんの答えには

返信しませんが奮って応募してください。自分の知能を

採点する意味において。

答えとなることは、ブログに公開してあるのです。

今回のクイズ景品なし。でも、模範回答者がいれば、

えっ?という景品を出すかも。⇦ 物で釣るなよ

では皆さん、苦闘しながら楽しく考えよう(笑) 

驚いたね!

幾人かの人から答えを貰った。

受講前の人、その人が今回くれた答えでは、

天と地の差があった!まるで別人だ。

実に素晴らしい!

自主セミナーの講師として、十分な知識を持ったのだ。

そしてまた、真のヒーラーとしての資質も持ったのだ。

各地に花咲くであろう真理の種子よ

それの開花を信じて、日浦は、とても嬉しいのだ。

嬉しさのあまり、われ、カフェに行くなり。

屋外の気温は高めで、路傍にある梅花は、花びらを

開きて、春近きを知る。