ジャンプ台に立つ

今日を持って、今年のブログを終わります。

皆さんに対し、さまざま話したいことは多々

あれど、誰にとっても一番に重要な教えは、

何だろうか。

それは、「皆さんは人でありながら、実は

人では無いのだ」と言う事だろう。

「人でありながら」とは、自分は生まれた

からこそ色々と体験してきたし、これからも

様々な体験をするに違いない。人に依っては

病気をしたり、他人より惨めな体験をしたと

思う人も沢山いるだろう。

しかし何であれ、楽しいことも惨めなことも

苦しいことさえも、長くは続かないものだ。

なんとなれば、人の誰もが、やがて老いゆきて

死するものであることは絶対のことであるから。

それが人世の人生だと思う人たちを「人であり

ながら」という。

忘年会では、酒を飲む。酒を飲まない忘年会は

僕は知らない。世間のやっていることは忘年会と

呼ぶ単なる飲み会なのだ。本当に忘年できる人を

見たことがない。

 

もし忘年の出来る人は、それは、思考と記憶に

依存しない時であるが、人でありながら自分は

人では無いとハッキリ知るだろう。そして、

この世に生まれたことも無ければ、病気なんぞ

したことも無く、老いたなどという経験さえも

なく、死んだためしがないのだと言う事実を

想いだすだろう。

何百万年も、何百万年も、苦楽の転生輪廻を

繰り返していたのは、自分自身ではなくて、

無知と言う闇を彷徨うマインドと身体であった

ことをハッキリと知るだろう。

この事実を体験した人は、身体を持った人で

ありながら、人を超えた存在なのだ。

彼は、自分を束縛した世間を超えて、自分を

解放した英雄であり、本当に自由になるのだ。

その人は、至高の唯一へ立ち返った存在であり

皆さんの誰もが還るべきは永遠の唯一実在だと

言う事を来年も忘れないように。

 

サマディーという解放の
ジャンプ台に立った受講生

下記は、受講生の素晴らしい体験なので、
すこし公開しよう。27日夜。

 

日浦先生 こんばんは

護符シールとペンダント届きました。

ありがとうございました。

早速首にかけてみたところ、体が暖かくなり

驚きました。こんなに体がポカポカするなら

夏場は暑いだろうなと思いましたが慣れてき

ました(笑)シールもゴールドで神々しく、

スマホに貼っています。私はエネルギーをまだ

見ることは出来ませんが、たまに体がポカポカ

することがあり、日浦先生からエネルギーを

受けていると思うことがあります。

ありがとうございます。また瞑想中に体の感覚が

無くなっていく気がするのですが、このまま瞑想を

続けてもよろしいですか?ご教示ください。

今年一年お世話になりました。日浦先生と出会い、

様々な経験ができ、本当に良い年になりました。

来年もよろしくお願いします。
 
日浦
こんばんは
エネルギーを感じ取るようになったのだ。
瞑想中に体の感覚が無くなってゆくのは、既に
サマディーへのジャンプ台に立ったからだ。
感覚がなくなりゆく際、「わたしは誰か?」と
問いなさい。そして、そこに留まり、まだ身体
感覚を失わないようにしよう。
春を待つように。
 
彼は、5月初回セミナーに参加し、講義を聞い
たのち、瞑想の第一段階を学んで、それを半年
くらいしっかりとやって堅固な基礎がつくられた。
今回、学んだ第二段階の瞑想を試みた結果、
一週間で、サマディーのジャンプ台に立てたので
ある。