たかが断食

記事「されど断食」の続きを書こう。

先ずは、断食は若い人に向いており、

歳を重ねるほど不利になるということを

知らなければならない。その理由は、

生命エネルギーが減衰してゆくという

のではなく、生体エネルギーが年齢と

共に減衰してゆくからです。

この生体エネルギーは何かというなら

早い話しが寿命に向かう老化です。

いつ肉体が死ぬのか、それは生前の自分が

設定して来るのであって、この自己プログ

ラムは、医学や治療師の力では、ストップ

することが出来ないのです。生前解脱した

人のみが、自分が設定した寿命を明確に

知ることが出来るのです。

日浦が自分の寿命を知ったのは、小学一年

であり、自分が設定した身体崩壊の時は、

74歳だったのです。あと3年ほど。

しかし、紫蓮さん曰く、「やるべき事を

沢山やらずに来たので、寿命を延期する

こともありえます。」だそうな m(__)m

この意味から、ノルマを果たせない人達の

溢れ返る「人生100歳時代」は、決して良い

ことではないのです。

 

断食は、若い時が有利。日浦の丹沢山中の

断食瞑想は26歳の時。

一方で、ラージャヨーガのテキストでは、

数か月は、ミルクと穀物だけにした方がいい

のだと知るだろうと書いてあり、断食なんか

やらないほうがいいと書いてある。なぜなら

断食は、体力と気力が衰えるからだという

理由から。

しかし、日浦26歳と言う年齢での断食体験は、

体力も気力もまったく衰えること無く、逆に

驚くべき力が漲って来たという稀な体験をした。

ここでも、年齢と個体差とを強調しなければ

ならない。

あたかも 「くじを引く」ようなものか。

当たり!外れ!大当たり!!大外れ!(笑)

 

巷にある密教とか、修験道、仙道とか其の他

いわゆる修行体系のどれもが、もし真剣に取り

組んだとしても、10年やっても、決して得る

ことのできない諸々の超越的な力を獲得するに

要した日数は、わずか4日であったと言う日浦の

体験は、ある意味での凄さを示している。

だが、それらの力を価値あるものと認めず、

自慢したことも無かったのは、それらは完成

への過程に過ぎないと知っていたようなのだ。

 

もし人が、適切な断食を行ったなら、日浦と

同じ体験が生じても不思議はないだろう。

しかしながら、「されど断食」に書いたように、

人それぞれの個体差が大きいので、いわゆる

断食マニュアルは作れない。断食の個人相談も

ほどほどにして欲しい。

 

ラージャヨーガを読んだ頃、一袋の食パンの

六枚切りを買い、2リットルの牛乳を買い、

それを1日の食料として、3か月間も継続した

ことがある。だが、まったく何の変化も生じ

なかった。だから断食のほうが劇的な効果を

生むのである。

ビヴェーカナンダさんが自らの体験を持って

語ったミルクと穀物については、その当時、

モンサント社の農薬が無く、水も空気も食物も

汚染されていないであろう。現代は、ミルクも

安全と言えないかも知れず、小麦粉の100%が

農薬と防腐剤と漂白剤に汚染されているので

あるから、ミルクと穀物だけを数か月続ければ、

というのは、期待効果が不明なのだ。

 

だが、万人向けの安全な断食ならば、

この様に考えればいいだろう。それは、

むかしから言い伝えられた健康の三要素

である「快眠」「快食」「快便」という

シンプルなものだ。

そこには、食べると言う人為的な入力

行為があり、排便と言う生体維持の出力

作用があり、これら相互のバランスが

崩れると、体調とマインドに変化が生じて

いる。多くの人は、自然の出力作用を

上回るような入力行為をしていることに

わずかに気づきつつ意識的に気づかない。

そんな生活をすれば、内臓の諸器官には

大きな負荷がかかるだろう。食べ過ぎたり、

飲み過ぎを自覚しながら、人は今日も胃袋を

満腹にする。いいや、今日だけではなく、

いつものことなんだ。

古い言葉に、腹八分目、医者いらずがある。

だが、腹7分目にすると、驚くほどの健康に

なるのだ。すると、誰かがつぶやくだろう。

「残りの3分目は、ケーキとか、お菓子を

食べていいかのな?」と。そう言う人には、

勝手にしたらいいのでは?としか言えない。

 

これも続くとしようか。