風の便り

11月15日の「わたしは在る」のコメント。
そして、12月12日の「コメント」に投稿
した“風”です。

とてつもないお言葉を頂き、本当のこと
だろうかと、どこかフワフワしています。
自分の人生に、そのような事が起ころう
とは考えもつかなかったのと、そこに広が
っているであろう世界が、どのようなもの
であるか想像もつかないからです。
何はともあれ、行かなければなりません。
「ダメだ。準備が出来ていない」と言われる
かもしれない恐怖を抱えながらも。

私は、この春、長年住んでいた場所から、
郷里に帰って来ました。自分の死後に未整理の
ままの家屋を残しておかない為にです。
それは、私の中では、最後の責任を果たして
解放されることであり、死ぬまでの時間を、
心おきなく冥想に費やすための、やらなけ
ればならない仕事でした
離れた家を売却に掛けているのですが、
12月はそのために日時を空けておかなければ
なりません。それが成約すれば自由になります。
そのような訳で、1月に入りましたら、日時
その他の具体的なことについて、ご指示を
仰ぎたいと思っております。
究極の究極と言うべきこの恵みを、誰にどう
感謝して良いのか分かりません。
何分にも御指導お願い申し上げる次第です。

日 浦

冬の寒さ厳しくも、巡りくる四季の美しさに
懐かしくもある身体の故郷に帰り、遂には、
永遠の魂の故郷へ帰ろうとする想い、良いね。
家の売買がうまくゆくよう手伝ってあげよう。
 
>ダメだ。準備が出来ていない」と言われるかも、、
 
そう言ったとしたなら、誰もセミナーに来ない。
準備を整えるためにセミナーがある。
 
思ってもいないだろうけれど、一度のセミナーでの
解放は難しい。しかし、数年後、あなたを解放して
あげよう。それは、いわゆる生前解脱と言うものだ。
身体に束縛された魂の解放と言う解脱、それは、
人生の苦悩がいかに大きかったとしても、苦悩は
無かったに等しいと知る。すべての知識が自分の
内にあり、魂に応じた超越的な力が自分の内に有った
と知る。解放されたなら歓喜と幸福感に言葉を失う
だろう。
 
これと同じころ、受講生の多くも解放されるだろう。
読者の中からも解放される者が現れる。解放されて
初めて知ることは、自分の力では、自分を解放する
ことは出来なかったのだと言うことを。
解放されたものは、解放されて初めて、恩寵の意味を
知る。それまでは恩寵を理解できないのだ。
あまたの魂達に恩寵を与える者は誰か。それの存在は
何か。ラーラ島根の記事「映画やドラマを超えたお話」
に恩寵を与える存在について示されてある。
 
日浦が解放してあげると言えば、それが既に恩寵
なのだ。その約束は果たされるのだから。
しかしながら、もし呪われよ、と言われた者は、
無限時間の闇に解き放たれ、救いなく、呻吟する。
「日浦さんは、一度たりとも呪い返しをした
ことがありません」とは、紫蓮さんのお言葉。
しかし最終解脱の近くになれば、無数と言える
妨害勢力がやって来る。今でさえまとわりついて
いるのであるが、そんな彼らは、やがて声なき
声を聞くだろう「汝らよ 呪わよ」という声を。
皆さんは、その声を聞く側に行かないように。
 
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この世は、悪魔的なモノには、やりたい放題の
まさに天国であり、未熟な小悪魔、小善な者には、
地獄の様でもある。これがマーヤの様相である。