アダムとエヴァ

「ほとんどの人が、それぞれのマインドに

よって、自己の本性というべき魂・真我が

殺されている状態だ、とセミナーに参加する

度に聞いてきた。」

「このような驚愕すべき内容を我々受講生は

聞いたにも関わらず、帰り際に誰一人として、

腰を抜かして動けなくなったりする人はついぞ

見たことはなく、和気あいあいとお茶会に向う

ことが多い。

筆者も用事がある時以外、ヘラヘラとお茶会へ

向かったクチだ。」ラーラ和歌山から転載。

 

記事「自然治癒力」と「錬金術」に書いたこと、

「時空を超えて」に少し書いたこと、それらの

要点は、人は誰もが、その本性において、魂・

真我であり、無限の宝物を自己の誰もが持って

いるのだから、それを使うことが良いだろうと

言う話しである。そういう話しに対しては、

誤解から生じる非難もあるのだ。古いYoutubeの

ㇶーリンについて、サットサン・場の力には、

下記の様なコメント有り。

太郎無敵:詐欺師?場の力?あたりまえ。
霊的な力などいらない。神は、全てのものを
人間にあたえている。見えないのは、聞こえ
ないのは、いらないからだ。オーラの大きさ
など関係ない。病気になったら、節制して
病院にいくのだ。ヒーリングなどいらない。
生まれてきたことだけでなく、老いて病と
なり、死ぬことさえ神の慈悲であり、自然の
意思であると知れ。お金をとって、セミナーと
称して、霊力を与えるなど、神への冒涜であり、
あの世の、規範では、犯罪である。

日浦:神は存在していません。あなたは
全てのものを受け取ったのですか?

これへの返信なし。

>神は、全てのものを人間にあたえている
とは、信次の口癖であって、耳ダコができる
ほど、聞かされた。
ある日、僕は信次に聞いてみた。「戦争や
殺戮があり、極悪な人間もいて、病気や
経済苦の人はたくさん世界に居るけれど、
それも神が与えたという意味にならない
ですか?」と。
すると信次は、「俺に説教するのか!」と
怒り、返事は無かった。

神は、全てのものを人間に与えていると
いう文言は、能力差とか、不幸も貧困も
難病さえ神もが与えているという理論に
含まれる。そこから外れる例外があると
すれば、神の理論は矛盾するだろう。
矛盾も破綻も真理や神であるわけもない。
人が語る神の理論とは、どこかで破綻
するものだ。

太郎無敵のコメントは、始めに「神は、
全てのものを人間に与えている」と言い
ながら、神が与えたであろう霊力を与え
るなど、神への冒涜であり、あの世の、
規範では、犯罪である。
という彼の文章に矛盾は無いのかな?
まだ分からないかな?
神は、全てのものを人間に与えたと言う
なら、生まれ持った霊的な力もまた神が
与えたものに違いなく、そうした霊力を
他者へ与えることが、いったいどうして、
神への冒涜になると言うのか?
彼の神についての理論(単なる空想)は、
矛盾と破綻を持っているのも無理はない。
このような人は、たくさんいるだろう。

アダム&エヴァ
旧約や新約聖書にあるアダムとエヴァの
話しも初めから破綻していることを気づく
理性的な人は少ない。
聖書は、旧約から続くものを新約聖書と
言っているので、旧約のウソを知れば、
新約も信頼性を失うのだ。

ファンタジーな旧約&新薬の聖書では、
神は六日間をかけて天と地を、そして最後に
人間を創った。7日目には、神は満足して
休息した。だから7日目の休息日を日曜日と
した。という古い天地創造の話し。
それは、現代科学の世界からは、ウソだと
嘲笑されているのだ。このようなファンタ
ジー神話を真実であるとして、信じる人が
世界に居るのだから恐ろしい。
なぜ恐ろしいのか?ウソをウソと認めず、
真実であると頑迷に信じる人は、何をしで
かすか分からない怖さを持っているからだ。

聖書や他の宗教は、神に創られた人間は、
神の言う事を決して聞かない。だから神が
想像したアダムとエヴァは、エデンの園から
追放され、また別の場所では、人が建造した
バベルの塔を怒りの神が壊した。遂に神は、
全人類を滅ぼすことにして、ノアに箱舟を
建造しろと命令する。このような怒りの神を
語るファンタジー聖書。ファンタジーって、
面白さがあるのだが、所詮は、おとぎ話。

聖書の論理的な流れは、先ず天地を造像し、
動物や人間を創り、それに満足したという神。
その神自身が激怒するほど、神の言う事を
決して聞かない極悪非道な人間どもを神が
創造したという流れになり、その最後は
全人類を滅ぼすと宣言する怖い神の物語り
である。こんな矛盾した神の宗教を信じて
やまない人、クリスチャンは安全なのか?

そのような矛盾した神とは、人間にも劣る
アホンダラ神ではないのか?
聖書を読み、そう思った若き日の日浦。
それともイエスと神を騙る悪魔宗教か?
そのようにも探求した若き日の日浦は
信仰心が無いのか?
いいや違う。
バチカンやカトリックの幼児性的虐待は
もはや世界に知れ渡った。それを知らない
世間の信仰心とか、神は、個人のマインドが
抱くファンタジーであり得るからこそ、
それぞれ異なる神を口にして、内面では、
争っているのだ。それこそ、信仰心が無い
破廉恥なことの現れではないのかな。

事実は、人を洗脳するために、神は人間が
想像したものだから、世界に様々な神の姿
と創造論が生まれたという流れである。
人の想像こそ、ファンタジーではないか?


紫蓮さんの教えてくださった「唯一」
また、ラナママハルシさんの「真我」
それが永遠の真実なのだから、聖書の
神、そして天地創造は、知的程度の低い
ファンタジーである。
ラナママハルシさん曰く、「あなたが
真我に入り、旧約聖書の天地創造は、
無かったと知りなさい」と書籍にある。
それが本当なのだ。

だから天地創造のウソ話しだけでなく、
アダムとエヴァの話しも単に作り話し。
リンゴをかじったから裸体を恥じたなど、
何の意味もないのだ。やはり聖書は、
旧約から新約さえ、世界を騙すファンタ
ジーであり続けている。
君は、そのクリスチャンかい?そうで
あれば、ラナママハルシさんの真我探求
に興味を示さないのだろう。そして、
ラーラジャパンのブログも読まないだろう。
そうであれば、苦の転生輪廻は、終りが
やって来ないだろう。
ご苦労さんです。延々と。。。限りなく。

冒頭に書いたラーラ和歌山の言葉は、
「唯一」への入口を語るもの。
書き足りないけれど、またね。。。