再びの感想

11月25日の「感想メール」である愛知県の

読者から再びの感想メールです。

 

日浦 裕次先生 こんばんは。

毎回の質問に対して、こんなに深く、

親切丁寧に回答していただけるセミナーは

初めてです。しかも、この価格で。

しかも、一回参加しただけで。

今昨年のブログを順次拝見して、つくづく

思います。今考えればカルマに引きずられ、

あちこちの講習会、セミナーに行き、手技の

DVDを買いあさり、自分のエネルギー向上の

為色々の伝授を受け、いつまでたっても満足

することなく、さまよってました。カルマの

恐ろしさですね。時間もお金も底なしでした。

もう、これで終わり良ければすべてよしです。

瞑想と心の管理、継続は力なり。力まずに

続けます。

どうか今後共よろしくお願いします。

 

日 浦

この人もまた、過去に沢山の講習会だとか

色んなセミナーに参加したからこそ日浦の

セミナー価値が分かるのです。

巷で開催するエネルギー伝授は、受講して

見れば、何ということは無いのだ、期待

外れだったと分かるものですが、参加する

までは、分からないものです。

ネット上で、エネルギーを伝授すると言う

人たちは、自分固有エネルギー量の小さい

ことを知らないのです。だから他者に力を

伝達するぞと言うけれど、伝達する力が

無ければ、伝授は出来ません。

川を流れ落ちる滝は、高低の落差が大きい

ほど、落下の大きな水力エネルギーがあり、

もし、滝の下に鉄製の水車を置くならば、

それなりの動力と電気エネルギーを生む

でしょう。水位が同じなら、水は動かない

ように、同じポテンシャル同士が、なぜ

力、エネルギーを他者に与えることが

出来ると言うのでしょうか?それは虚言

なのです。なんとなれば、人はみな横の

直径80㎝から90㎝の卵型のオーラ・エネル

ギーを持っていて、大きい人でも1mくらい

です。もっと大きな人も居るにはいるけれど、

極めて稀です。

平均的なエネルギーポテンシャルを持つ人が、

他者へエネルギーを伝授する、というのは、

漫画にも似た虚言であるという意味です。

エネルギーを受けようとする人のほうが、

大きいかも知れないのです。

太陽の放射熱量は、巨大であるからこそ、

遠い地上へも届き、地上の万物を育みます。

これと同様に、日浦が放つエネルギーの

大きさを人と比べるなら、質も桁も大きく

桁違いなのです。そのことが読者に分から

ない。なぜなら観えないから。

 

ネット上に居る自称のエネルギー伝授者は、

あたかもホタルの光の様な小さなエネルギー

であり、太陽の如き巨大な輝きを放つ日浦の

前では、エネルギー量ゼロのようなものです。

このことは、日浦の妄想虚言ではなく、エネ

ルギーを観ることができる人なら、事実だと

分かります。

今まで、日浦はエネルギーを伝授すると公言

しなかっただけですが、受講生はその巨大な

エネルギーを暗黙の中で受けてきたのです。

皆さん、エネルギー伝授と言う詐欺広告に

引っかからない様にしましょう。

 

さて、人はそれぞれ顔が異なるように、

自分が求めることも異なるものです。

しかし、誰もが自分は一体何を求めている

のかを、本当は知らないのです。知らない

と言うその証拠が、色んなセミナーへ行く

という行為に現れているのです。だから

いつまでも満足しません。

100人の異なる探求者がいたとすれば、

そのそれぞれ求めるテーマは、異なる

かのように見えるけれど、本当は、

共通の「唯ひとつ」を求めているのです。

それが「唯一」という実在世界であり、

それは、何かというならば、すべての

疑問と不幸を消し去り、完全と言える

満足を与える至高の彼を見出す事です。

しかしながら、何かを探す人たちは、

そのことを知らないので、色々と無駄

まことを外側へ彷徨うのです。

 

あなたが知らずとも探し求める全能の

愛すべき彼は、誰ですか?その彼は。

どこに居ますか?宗教やスピ世界に居る

のは、みな偽物なのです。だから今まで

のような外側を彷徨い歩くことによって、

決して満足を得ませんでした。

だから、外側を彷徨うことを止めて、

自分の内側を観なさい。そこにのみ、

全能の愛すべき彼は姿を現すのです。

あなたは、いままで無自覚かつ不可知で

あった目標が知られたのだから、もう

なにも探求しなくて良いのです。

ただ、自分自身の内側を観るだけです。

このことは、すべての人に当てはまる

ことです。

読者への念押しです。

政治や経済、科学や技術の世界、スピ世界、

そして、神の信仰や宗教もまた、あなたの

外側のものです。そこには、大ウソつきや

色とりどりの詐欺師たちは沢山いても、

全能の愛すべき彼はいません。何となれば、

唯一愛すべき全能の彼とは、あなた自身の

魂であり、あなた自身のことです。

そうであるからこそ、自分自身を自分自身が

ただ観るために、どうして、証明されては

いない不可知なる神や、荒唐無稽な教義を

語るだけの信仰・宗教を持ち出すのですか?

という問いを持たなければダメです。

 

外側の世界、宗教やスピ世界を求めるのは、

神への信仰心などではなく、単なる無知の

欲望です。

本当の信仰心と言うのは、本性の自己を探し

出す努力、その体験を言うのです。