人生すごろく

この物語始まりは、19歳の乞食学生が

乞食を止めて、ついに働こうとして、

たまたま面接した場所がどういうものか、

何も知らず、そこを訪ねた事から始まった。

 

似た境遇を体験した某マネージャの

お陰を持って、運よく国際クラブのドア

ボーイに採用されて、すぐさまホールの

ボーイに昇格し、瞬く間にチーフ・バー

テンダーになり、べラミの経営権までを

貰えるようにまでなれたという単純な話し

である。トントン・・・

 

がしかし、たかが乞食学生の身分から、

僅か数か月後には、高名な国際ナイト

クラブ・べラミの経営権をもらえると

いう、ウソのような信じがたい出世を

した体験は、世間に滅多にない奇異な

ことだと言えるだろう。

 

しかし思うに、自分の想定外であった

乞食を体験するという意外性によって、

この世は、出た目の数が作用するという

すごろくのようなものであると思えたから

こそ、その場その場に出た目でも色んな

体験が開かれるものだ。そう思った。

 

ママがべラミを日浦にくれると言ったのは、

何ら悪意も意図もないのだ。若いときから

苦労して、汚いことにも身を染めながら

莫大な富と地位とを得たけれど、それが嫌に

なっていたのだ。そうだから信頼に価できる

者を見い出し、その者に全財産を与えたい

という純粋な想いだけのものだった。

富と地位と物欲を放棄するというのは成熟

した境地なのだ。誰にでも簡単に出来ること

じゃあない。

べラミの運営は、成熟したママには価値の

無いただの重荷になっていたのだった。

 

人は誰もが死ぬまでは、否が応でも、

さいころを振らなければならないのだ。

出た目の数だけ進む如くの人生すごろく。

出た目によって、この世の生は面白そう

でもありながら、思い通りに行かない

現実は、努力と苦の連続だと思った。

希望とは、邪悪なものだ。苦悩を連続

させるからである、、この様に言った

のだったかな?かの ニーチェは。。。


富と権力が集中するべラミの経営権に

対する社会的な価値を認めたけれど、

その道筋は、自分の生き方に合わない

ものだと判断して、べラミを去った

日浦だった。

要は、人生を心配しなくていいのだ。

明日を思い煩うなかれ。あしたは、

あしたの風が吹く。好むと好まざる

とに関わらず。

人生に迷うなかれ。人生を嘆くなかれ。

あしたもまた、さいころを振るから

現状に対する変化数が生じる。

コロコロ・・・

 

乞食体験の終わり