真理の破壊者

真理と言うのは、人が考える様々な真理がある

訳ではなく、人の内奥に潜む秘密の秘密であり、

それは即ち人の本性が真理です。

真理は、人の表層に現れるものでは無く、自己の

内奥に輝くもの。それを発見した時、転生輪廻は

終わりを告げる。

 

このブログに限らず、何であれ、いつの日か

終りがやってくる。あなたも誕生があったら、

終わりの日がやってくる。終わりが来るのは、

始まりがあったからだ。人生の起承転結。

しかし自己の本性を見出すことなく、肉体の

死を迎えるべからず。

 

ひとつの人生においてさえ、様々なドラマが

生じ、それにも起承転結がある。だが人の心は、

自分の心に生じる諸々の起承転結を知らない。

だから結果とか経過途上に泣いたり、苦しんだり、

選択肢を変えたり、不幸だなどと思ったりする。

 

それらは、ぜんぶ妄想なのだ。

 

もし、心の中に生じる起承転結を観ることが

可能であるなら、望む転結を作れるだろう。

なぜ、望む結末が得られないかというなら、

悲しみを体験する中で、真理と言う言葉を

捕らえる人もいて、捉えた真理は幻しだった

と後に知る。人によっては、宗教とかスピ

世界をうろつきまわる。うろつき回る彼らは

真理の探究者ではなく、無目的に流転する

だけの人達。なぜなら、何百万年もの時を

またいで、この世とあの世を輪廻している

ことさえ知らないから。

 

探し求める人は

探し求めるものを

明確に知らない。

この世はマーヤだと

知らない。

人はうろつき廻り、

彷徨い、流転するなり。

  

表題の真理の破壊者とは、何のことか。皆さん

分かるよね。それは、うろつき廻る主体であり、

転生を流転する主体がエゴだから、エゴは真理を

知らない。真理を理解できない心が真理と言う

言葉を持って真理を探し廻るをうろつきという。

エゴと言いう心それ自体が真理の破壊者と呼ば

れるのである。

 

別のいい方なら自分(非マインド)を殺すものだ。

自我とかエゴと呼ばれるもの、それがあなたの

成りすまし野郎とも呼ぶ。それが真理の破壊者。

成りすまし野郎は、真我のあなたを知らない。

そんなわけで、皆さんはエゴであることを知らず、

わたしわたしといいながら、日々の暮らしの中で、

せっせせっせと活動することが真理を殺し続けて

いるのです。

真理は毒薬

真理は、エゴのあなたを殺す猛毒としても働く。

何故なら、あなたが真理を殺すものであるからだ。

猛毒に殺されるあなた(エゴ)は、普通なら死ぬ

だろう。しかし毎日まいにち真理・真我を殺して

いて、それでいて、真我に殺されずに息している

不思議。こも不思議と思わないから不思議なんだ。

その不思議を教えよう。

あなた自身ではない身体というエゴに同一化した

魂は、同一化ゆえに自分を忘れ去り、自分だと

勘違いしているエゴに対し、生命の活力を与えて

いるのだ。なんという悲劇だろう。

エゴと魂の二人三脚。切っても切れない腐れ縁。

しかも、エゴが人生の主体になっていて、本性の

魂は、影のごとき薄い存在だ。だから誰も自分の

魂に気づけない。魂なんか無いという人もいる。

 

自分の本性である真我を破壊するエゴは、宇宙間

でも最悪なものだ。その悪は、何百万年もこの世と

あの世を輪廻して、あまたの生類をも不幸にする。

それが恐ろしい!と思わないエゴ。

 

人は、エゴと言う言葉を使ってはいるけれど、

エゴの意味を知らない。心理学者も知らない。

エゴ自身がエゴを知ることは出来ないから。

本当にエゴを理解したならば、誰であろうと、

必死になって、エゴを滅ぼそうとするだろう。

けれども人は、毎日エゴとして生きる。エゴを

知らず、自分の本性も知らないから。これ単純

極まりない摩訶不思議。 

 

あなた自身は、身体を必要としない光り輝く

魂それ自体であり、それが永遠の実相なのだ。

ゆえにあなたは、身体ではない。だから身体の

属性である感覚でも心でもない。

 

自分は、光り輝く久遠の真理だと知覚する時、

自分は人だという勘違いは終わる。人として

人として生きることの欲望も苦悩のすべても

終わる。これが魂の起承転結。