永代供養のウソ

日浦先生 こんばんは^^ 
今日、素敵な素敵なアクセサリー届きました!!!
しかも日浦先生の名前まで入ってて嬉しかったです。
 
それと、ブログ拝見しました。他界した幼児には、
ちゃんと先生から教えられた事を念じたので、安心
しました。色々勉強にもなりました。
寺の永大供養も考えたのですが、金額的に高すぎて
家に遺骨をおいてます。
 
目に見えない事であり、周りから色々と言われたり
しましたが、先生のお言葉を聞いて、胸のつかえが
取れました。本当に感謝しかありません。
 
子供が成長するの待ってたら会えないと困るので(笑)、
今年中にセミナーに参加して直接お礼が言いたいです。
<中略>よろしくお願いいたします。
 
日浦から
幼児は、平和な意識世界へ案内したし、彼女はもう
大人の意識でいるから何の心配もない。遺骨に幼児の
意識が宿るわけも無く、遺骨は大地に返していいもの
であり、家に置く必要も無い。昔は、大地の中に遺体を
埋葬したし、遺体を焼いた灰は、川や海に流した歴史が
ある通り。
 
品格なき住職たち
肉体を離れた意識・魂を視認して、会話もして良い
世界へ送り届けることの出来るお坊さんは、いない
でしょう。あの世は無いとか、魂は無いとか死後の
世界は無いというお坊さんが永代供養だと言うのは、
寺にお金を入れるためだ。
 
仏教を語る寺の住職とは、涅槃に到達した人の職業
であるが、誰も涅槃に到達していないのです。到達
していないけれど、タイの坊さんたちは、飲酒せず、
肉を食べず、女遊びなどしない。
日本の坊さんは妻帯し、肉を喰い、酒を飲み、ベンツ
にも乗り、愛人を持つ人もいる。そういう坊さんを
「なまぐさ坊主」と言うのです。
 
寺守、永代供養、戒名など、寺の収益のためにする
のであり、本当は、しなくていいのだ。檀家になる
必要も無い。墓も要らない。墓参りさもえしなくて
いいのだ。故人が墓中に居る訳ではないから。
それは、ただ歴史に残る古い習慣に過ぎない。
 
故人の意識、霊は、坊さんがつけた戒名など知ら
ない。あの世に帰ってから戒名で呼び合うことなど
有りえない。だから戒名など値切っていいものだ。
値切られた坊さんが何というか聞いてみたらいい。
 
水子・先祖供養は、詐欺 
伝統的な仏事は、ただ寺の収益のためにあり、寺を
維持するためにする。死者を見送る家族に必要ない
のだ。水子は、社会の体験がないから、煩悩はなく、
肉体を離れたら良い世界へ帰る。
供養せよと言うのは、寺の収益のためだ。先祖
供養を説くのも一理一面があるけれど、やはり
詐欺的だ。
 
なぜなら供養の本質は、個人の心配を取り払う
ことにあり、それは、地上に残った親族が健康で
平和に暮らすことなのだ。遺族の平和な姿を観た
個人は、安心して成仏する。
 
皆さんの霊的な眼が開かれたなら、ここに書かれた
記事を事実だと知るだろう。
 
>周りに色々言われたりしましたが、先生の
>お言葉を聞いて、胸のつかえが取れました。
 
良かったね。この記事のことを迷っている人に
教えてあげることも供養の一つ。