守護霊と言うウソ

スピ世界では、守護霊が存在

するかの如く語られている。

それは、証明されたのか。

 

古くは、聖書関連に「守護天使」なる概念が

ある。しかし、聖書はウソと矛盾の集積だと

記した通り、聖書の守護天使、様々な天使の

階級も、ファンタジーだと思う方が安全だ。

 

真に悟った聖者たち、ラナマ・マハルシさんも

守護霊説を説いていない。守護霊が存在すると

言及した聖者はいない。

 

守護霊という言葉を流布したのは、GLAの

高橋信次が近年の国内では先駆的だ。彼の

ネタ元は大本教団の分科会であった菊花会

(霊術を学ぶ会主催は東大卒の浅野)での

ことと調べがついている。

同メンバーの角田次郎は「後ろの百太郎」を

書いて大儲けした。浅野は、飼っていた犬が

死んだとき、集まった分科会の人達の前で、

「死んだシロは守護霊となって、私を守って

くれる」と言ったが、それは冗談ゆえだった。

それを聞いた信次と次郎等は、それぞれの

守護霊をでっち上げた。それからの後には、

江原等も、ウソつき信次の守護霊説や転生

輪廻説に便乗し、更にその上書きをした。

 

江原は守護霊から話しを聞くというポーズを

とるが、客観的な事実を言い当てない。

だからテレビ局へは、江原は本物じゃあない、

胡散臭い、拝金主義という苦言があり、それが

Youtubeにも公開されている。自分に心眼がある

と言うが、霊的なものを観るのは、幻覚を見る

心眼ではなく霊眼なのだ。体から抜けて天上から

自分の体を見たと言うが、それは本当か?

しかも、それが魂だなどとウソを語っている。

身体から抜け出すのは、魂ではなく、エーテル体と

呼ぶ心の成分であり、魂とは、まったくの別物だ。

江原は、その区別さえできていない。

また、魂は永遠の進化を目指し、様々な国々を転生

すると言うが、それは、嘘つき信次の言説と同じだ。

事実は、魂は輪廻転生をしない。進化の必要もない

完全なる存在だ。輪廻転生をするのは、心なのだ。

 

人に守護霊が存在するなら、なぜ不幸が生じるか?

なぜ、犯罪が絶えないのか?おバカさんは言いう。

「守護霊の力及ばず、天上界から地上の私を見て

涙している」なんてことを言う。これもウソだ。

ウソは、感染してゆくものだ。

まともな人なら、非存在の守護霊を存在すると

言わないだろう。霊眼なき無知な者が非実在の

守護霊と対話すると言う嘘を演じるのである。

「江原が偽物なら、三輪さんは本物ですね?」と

問う人がいる。その答えは「本物が偽物と対談する

ことも迎合することもあり得ない」というものだ。

この指摘は、読者の皆さんも同意できるだろう。

 

そう言う日浦も、一時は守護霊なるものを信じた。

信次の会社に勤務したころ長女が生まれた。

生まれる前、霊的存在がきて、あなたは長男を望んで

いるけれど、生まれるのは女の子ですと僕に告げた。

それを信次に語ったら、信次いわく「君に告げたのが

守護霊だ」といった。それを日浦は軽く信じたのだ。

しかしウソの洗脳は、いつまでも続かない。 

 

真実は

それから多くの時が流れ、60代後半になってから、

紫蓮さんと出会い、守護霊についてお聞きした。

紫蓮さんの答えは「守護霊は自分で創るもの」と

いうものだった。詳しい説明は、省略するけれど、

万人に守護霊がいるという俗説を否定するものだ。

日浦には、神獣たちがいる。黄金の大鷲、大龍、

鳳凰、白虎などは、真我を体現した神獣であり、

もし、守護霊と呼べば、呼べるものだ。こうした

霊的存在を自分で創れる境地の人は稀有だ。 

 

 守護霊というモノの実態

世間がいう守護霊とは何か?

信次の会社にいるとき、瞑想すると霊がきて、

何だかんだと言うのが不浄なモノだと分かり、

霊の言うことを聞かない日浦。すると信次曰く、

「守護霊の指導に身を任せよ」といった。その

指示が不気味であって、近づく霊を無視した。

それが正解だったのだ。

なぜなら、

信次の言う守護霊は、悪しき憑依霊だった

明らかになった。信次の背後は、鬼や阿修羅

などの不浄なモノがいた

日浦の瞑想を邪魔した霊は、信次が送り込んだ

魔界のモノであった

そして、信次に対する日浦の誘導尋問によって、

信次が悪魔等を会員に封じ込めている事実さえ

明らかにされたのだ。

憑依霊が守護霊だと言うウソはあり得る。

依を識別できる人は稀有な存在である。

 

守護霊が存在すると主張するなら、客観的な

証明を伴っていなければならない。江原には、

それを証明できないだろう。どうあれ不可視の

霊を信じるのは危険だ。

内なる声は

自分の心の中から、人の声が聞こえるという

人がいて、耳元から人の声が聞こえるという

人もいて、胸の内から人の声が聞こえるという

人がいる。丹田から人の声が聞こえるという

人もいた。そんな彼ら彼女らは、その声と会話

しているのだ。誰の声か分からないまま。

このことは、記事「内なる声」でも繰り返して

書いている。

怖いお持ち帰り

そんな彼らの本を読んだり、講演会に行くとき、

お持ち帰りがあるのだ。それは、霊的な鬼とか、

阿修羅、地縛霊、悪魔などの霊をお持ち帰りする

のだ。ウソと思うなら、霊眼を持ってみてみるが

いい。

むかし日浦が信次の本を目にした時「それを読め」

という想念、「読むな」という想念が同時にきた。

その両方は外来の想念であった。「読め」という

想念が悪しきものであったと後に知った。

スピコンなどに行くと、色々とお持ち帰りをする。

宗教団体やスピリチュアルなセミナーに行くと、

会場に霊的なものが徘徊していて、それが人に

憑りつこうとする。また参加者を洗脳する霊的

マインドコントロールが為される。

これらがお持ち帰りするモノの実態である。

 

記事「内なる声」「マインドコントロール」を

参照のこと。

 

宗教もスピ世界も、真に悟った者は誰もいない。

彼らの語るは、百花繚乱の様相を見せる。

君子、危うきに近寄らず。

 悪しきモノに憑依されない秘訣は、憑依の媒体

である心の消滅にある。それを成し遂げた人を

聖者とか解脱者と呼ばれる。

それがすべての人の本性なのだ。