クリア ヨーガ

人はみな、身体と接合した霊的存在である。

霊的であるとは、非物質性の存在である。

ゆえに有機的物質の身体は、あなたでは無い。

思考する心とは、有機的物質の脳と感覚器官と

記憶の反応であり、魂と身体の接合部のような

働きをしている。だから心でさえ、あなたでは

無いのだ。そして、有機的物質の身体感覚から

生じる自我意識、生存欲求、および感覚意識は、

あなたでは無い。

 

とりわけネット上のスピ世界では、魂が身体に

宿り、永遠の転生輪廻すると言う偽りの情報があり、

魂と身体を結び付けるシルバーコードがあるとか、

魂の緒があるとか、霊子線があるなどと言う偽りの

情報が氾濫している。しかし、そのようなモノは無い

のであって、感覚器官から心を離す時、魂と身体の

接合が解除されて、思考とカルマは消え去り、魂が

ダイレクトに身体を支配し、人は超越者になり、

力と自由を獲得する。

 

遥かな古代から、インドに開花した超越者への

主要な道標はヨーガであった。それは、瞑想を

内包するものであり、それらの要点は心の消滅

であった。

様々なヨーガ学派が生まれ、全インドに花開き、

それらが咲き競い、一体、どれが本物のヨーガ

なのか、誰も判別できないようになっていった。

 

ラナマ・マハルシさん曰く「ヨーガは、人々を

惑わすために生まれた。」と本に書いてある。

これは、一面の事実だ。

しかし、ヨーガによって超越的な力を獲得した

人たちは、多くいるが、その力を自分だけのもの

として、人に教えない人たちが大勢いた。

それ故に、偽りのヨーガも多くあるのだ。弟子に

本物のヨーガを教える学派もあったから、解脱者

した者がたくさん生まれたインドの歴史がある。

しかし、そのようなヨーギ達の殆どは、やはり

秘密主義である。これは、真実が覆い隠されて、

偽りが露わになるという教えの一面である。

 

危険な瞑想法

ダンティスダイジ(日本人の雨宮)もインドへ

渡り、そこで出会ったババジから、クンダリー

瞑想を直伝されたと自書にある。そのやり方を

図解していたが、僕は体験しなかった。

いつ頃かネット上では、彼は発狂してガス爆発の

焼身自殺をしたとあった。そんな情報が流れた頃、

ダイジから瞑想を習ったと言う男性がやってきた。

「自殺前のダイジってどうだった?」と聞くと、

「ほとんど発狂寸前でしたね」と言った。

ダンティスダイジの行ったクンダリー二瞑想は、

エゴの消滅に関する正しいノウハウ、ゴールに

到達する正しいノウハウが無かったから発狂に

至ったのだ。

 

何となれば、クンダリー二瞑想は、危険なウソが

書いてある。それは、尾骶骨の内部に眠るとぐろを

巻いたクンダリー二をスシュムナーを通して大脳の

サハスラーラに到達させる時、超越体験をすると

言うが、クンダリー二は、超越的な力などではなく、

カルマの霊的固形体物であり、危険なモノである。

それを脊髄内のスシュムナーを通して、頭頂部の

サハスラーラに昇らせるなら、そのように努力する

なら、ダンティスダイジのように発狂するだろう。

このように危険な瞑想法を説いた者は、人を狂わせる

悪魔と同じではないのか?

 

クリア ヨーガって・・・?

クリアとは、英語でなく、サンスクリッド語で

あり、瞑想の下準備という程度の意味である。 

アメリカにヨーガの学校を200校以上も作ったと

言うヨガナンダさん。彼の事業意欲は凄いと思う。

この人の霊的系統は、クリアーヨーガを標榜する

マハアヴァタババジ ⇒弟子のラヒリマハサヤ ⇒

弟子のスリ・ユクテスワ ⇒その弟子のパラマンサ

ヨガナンダという流れに属している。これらが

霊的系統と呼ばれるものだ。いわば家系のような

ものだ。

 

ある時、個人相談に来た女性曰く、「ヨガナンダ

さんを今まで崇拝していましたが、自分が作った

アメリカの学校へ行くのが嫌になったと自書にあり

ます。それを読んで思ったのは、悟った人かも知れ

ないけど、ヨガナンダさんもただの人でしかなかった

んだということです。ですから彼への崇拝は終わり

ました」と言っていた。

ヨガナンダさんが結果的に放置した200以上の学校は、

金を振り込めば、誰にもテキストを売湯るようになり、

また偽りのテキスト等も売られ、やがてカルト集団に

なったと噂された。人は真我に達したなら何をしても

かまわない。だが学校の建設費と維持費は寄付金だ。

学校を放置したことについて、寄付した人はどんな

気持ちか。カルトを広めたことは非難されるだろう。

このことは、真我を体現したヨーギも未熟さがある

ことを示す一例である。

 

ラナママハルシさん、二サルガダッタマハラジさん

曰く「人は成熟してから真我に入った方がいいのだ」

と言っている。その通りなのだ。

 

知っておくべきことの一つ

魂と呼ぶ超越意識は、すべての魂が同じ材料から

創られている。材料はみな同じである。これを

唯一の「原質」と呼ぶ。しかし勘違いしてはいけ

ない。魂は平等ではないのだ。大きさ、力の違い、

知覚力の格差、成熟度の違いは歴然とした大きな

個体差があるのだ。

例えば、「かつて地上に現れたことのない比類なき

桁違いのパワーを持つ日浦さん」とは、紫蓮さんの

言葉であるが、その描写は、魂が平等でないことを

暗示している。従って、真我に到達した人は、みな

平等であると言う考えは、大きな間違いなのだ。

 

それを例えるなら、真我到達をケンブリッジか、

オックスフォードか、東大の試験合格に例えて

いいだろう。試験合格は誰も素晴らしい。だが

合格した学生の総てが、すべてにおいて均等とか

平等と言うことは有り得ない。それと真我体現者も

同じである。

それ故に真我に到達した人を批判するのは間違い

だとか、悟った者は、他の聖者批判などしないと

いう考えも適切ではないのだ。

 

ヨガナンダさんの師匠であったスワミ・スリ・

ユクテスワ氏は「聖なる科学」を現した。

ヨハネの黙示録をヨーガに当てはめて、聖書と

ヨーガを融合しようとしたのだろうか。あの人

たちは、イエスの弟子と言う過去を持ったのか。

「聖なる科学」を読んで、ヨハネが嫌いな理由が

分かった。それは、人に原罪があるのだと責める

ヨハネや彼らの姿勢である。

日浦は、原罪を認めない。だから無限数の魂を

無差別解放するだろう。そのために下生した。

日浦が放つ解放のエネルギーは、他を束縛する

エネルギー、ウソを流布するエネルギーを許容

しない。それ故、ウソを流布する人には批判も

生じるのである。

 

ババジの弟子であったラヒリマハサヤ氏は、

クリアーヨーガを公開するようババジ大師に

幾度か嘆願したが教えない。「それほどまで

いうなら、お前がよいと思うものに教えたら

いいだろう」と言った秘密主義者である。

真我に達したなら何を言おうと、何をしまい

と構わない。しかし秘密主義は他を解放する

想いと行為があるのかどうか。

ヨガナンダ氏の本にも書いてあるが、ヨーガに

禁令があり、他者に秘密を教えない。客引きの

ためか少し教えるが惑わしがある。

 

真我実現に向けて、クリアーヨーガは必須では

ない。その意味から、クリアーヨーガの非公開

とか禁令も悪いとは言えない。非公開のクリア

ヨーガよりも、公開された適切な修練方法は、

日本ベーダンタ協会発行・ヴィヴェーカナンダ

師翻訳の「ラージャヨーガ」があり、それは、

クリアーヨーガよりもレベルが高い。しかし、

それでさえ完全ではないが。

それよりも優しいのは、ラナママハルシさんの

真我実現であり、二サルガダッタマハラジさんの

教えもそうなのだ。

それよりも更に優しく、より高い境地へ到達する

教え、修練法は、ラーラジャパンが教えている。

どうして、高いと言い得るのかと問われるならば、

日浦は、ゴーダマ仏陀(お釈迦様)のサブを務めた

本人であるからであり、そしてまた、地上の歴史に

名を残した聖者達、名を残さなかった無数の聖者を

遥かに超えた高い世界から地上へやって来たのだ。

それが紫蓮さんの言われた「かつて地上に現れた事の

無い比類なき力」の意味することである。

 

 皆さん、何が真実で、何が偽りで、どうしたら高い

レベルとか、低いの違いが分かるのか。それには、

真我に入る前、意識レベルを上げる必要があるのだ。

瞑想する以前に、人は成熟しなければならない。

世界に広まったTM瞑想なども効果がないとの風評が

目立つ。本物と言えないTM瞑想が広まれば、そこから

また、様々な瞑想法が生まれ、それが咲き競うものだ。

しかし賢い人は、源流を探し出すであろう。

人を騙す者は良くないが、騙される側にも問題が

あるのだ。心は、無知であると言う問題が。。。

 

日浦のセミナーを通して、ババジのクリアーヨーガ

とか、ラージャヨーガよりも遥かにシンプルなモノが

新たに生まれたのである。それは、2020年3月1日記事

「3月セミナー」参照のこと。