無駄な人生

 人生に無駄は無いとか

どんな体験も意味があるとか

自分に超えられない困難は

決して生じないとか、

必ず超えられる

などと言う人がネット上に散見される。 

しかし

人は、身体とマインドを持つだけの存在だと

する論説は、すべからくマーヤの世界に生じる

ウソなのだ。

マーヤとは、古代インドのとりわけヴェーダンタ

学派において、悟った人たち、解脱した人が描写

した霊的宇宙そのものを言い、それは、物質化する

とき、様々に移り変わり、変化しつつ、必ず崩壊

する物質の名と形を呼び著した概念、言葉である。

物質的身体もマインドも持たず、非物質なる霊的

世界を永遠に自由に超越的に生きる魂達は、知的

レベルの低い人間に生まれることさえも必要ない。

その境地の声明が「この世そのものが幻影」という

意味。

 

マーヤの世界に幻惑された人々は、この世が絶対

的な真実だと主張し、霊的世界を信じない。信じた

としても偽りの知識(特に宗教やスピリチュアル)に

よって、真理は隠される。人類の歴史はマーヤの

記録なのだ。

 

あなたに身体とマインドがあると思う主張は

認めるけれど、身体がある今でさえ、あなたも

地上に生まれていない。だから「僕は何年の何月

に生まれた山田太郎だぜ」と言う人は、実在では

ない。 

人に生まれてくる理由はさまざまあれど、共通する

のは、カルマゆえに生まれる。カルマを消滅させて、

自己の魂を知覚することがすべての魂に課せられた

使命なのだ。それは人間としての転生を繰り返す魂の

もつ潜在的な使命になった。潜在的だと言うのは、

生まれるたびに更新される心は、それを知らないと

言うこと。人に生まれたのはいいが、心があなたを

支配するようになり、マーヤの世界からの解放を

成し遂げるという使命を忘れる。

 

一度もゴールに到達していない

からこそ、数百万年もの永き

時を徘徊している無数の魂たち

このような転生輪廻を無駄だ

言わないとでも?

輪廻転生して人として、この世に

生きることが無駄だと言うこと。

 

悟ったとされる空海の言葉、それは「うまれ死に

うまれ死に、死に死に生まれ、まったく無駄だ!」

という言葉。

 

一度たりとも超えたことのない

マーヤの世界、その人生苦を背負い

ながら、わたしに超えられない

困難は無いなどと、よく言うもんだね。。。。

 

様々な苦悩にも意味があった、幾多の苦悩も無駄では

なかった、そう言っていいのは、到達した魂だけだ。

この意味が分からなければ、あと数百万年は、地上を

彷徨うだろう。

あの世は無いとか、死後の世界も無い、魂なんぞ無い

という仏教と、魂は永遠に六道輪廻するという仏教も

信じてはいけない。宗教は陳腐な教義によって、人を

束縛している。

 

魂は生まれて来ないし

転生輪廻もしていない

私は生まれた、というものは、あなた(魂)では無い。

言葉がきついが、それは、あなたのなりすまし野郎だ。

それを自我とかエゴと言うけれどインパクトに欠ける。

だから「成りすまし野郎」と言うわけだ。