空飛ぶヒーラー

日浦が中学生のころ、姉と姉の友人と僕の3人は、

家の裏山に向かって歩いていた。そこは、広々と

した田園風景の中央を通る農道であった。農繁期

ではないから、畑には誰もいなかった。

しかしながら、僕の数メートル先に男性の老人が

立った。その人は、空中から忽然と姿を現したのだ。

驚くことは無かったが、ほう?という印象を受けた。

僕の後方にいて、ぺちゃくちゃ喋っていた姉と友人は

驚いていた。老人は「お前の疳の虫(かんの虫)を

取ってあげよう」と言い、畑にあった灌木のような

枝を折り、その先端を僕の左手のひらへ当てた。

すると、1㎝長さくらいの糸のような細くて白い

ものが数本手の平から浮き出し、うごめいていた。

これは、いったい何だろう?

 

老人はまた、僕の眼を見ながら何かつぶやいて

いた。しかし、その微細な言葉がなにか記憶に

ない。そして、老人は来た方向へきびすを返し、

トコトコ歩き出し、10mくらい先で老人の姿が

消えた。ただ忽然と空中へ消えた。

その光景を見た姉と姉の友人は、悲鳴をあげて

驚いていた。なんだか不安になり、山へ遊びに

行くのを止めた。

家に戻ったときの姉の言い分は、「老人は畑に

いて、そこから農道へ出たに違いない」と言う。

そうではなくて、空中から道路に忽然と現れた

のだと僕は言った。姉もまた老人の帰りは忽然と

姿が消えたことを記憶している。

夕食時、それを両親に話したら、それは、空飛ぶ

人だとの説明があった。

そ、空飛ぶ人・・・?

ここからは、父の体験談である。父が中学生の頃、

5人の友人と遊んでいた時、空を飛ぶ人が現れたと

言う。そして、友達の一人を抱き抱えて空中に舞い

上がり、そのまま空を飛んで、裏山の方へ消えたと

言う。にわかに信じがたいだろうが、父の友人たちを

訪ねて、そのことを聞いてみたら実話だった。

聞くところによれば、空飛ぶ人は、元部落の人であり、

世俗を捨てて山中にこもったそうだ。10年ほどして

部落に現れた際、その彼は超越的な力を持っていて、

難病奇病の病人を治したり、人生相談に乗ったそうだ。

どんな病気もすぐさま治ったそうだ。村人は、御礼に

野菜や米や調味料を上げたそうだ。いわゆる托鉢だった

のかな。

父の友人や村人は、空飛ぶ人を天狗様とか仙人様と

言って、親しみをもって接して来たそうだ。彼が

空中浮上したり、空を飛ぶことは、みな村人たちも

目撃し、知っていたと言う。その天狗様とやらは、

自分の後継者を残したいのだと常々村人に言って

いたそうだから、父の友人をスカウトしたのだと

言った。

「僕は中学生の時、あの仙人様からスカウトされた

んだ。あの頃は断ったけれど、人生を重ねたとき、

弟子入りしておけば良かったなと、何度も思った

ものだ」そのように、父の友人は過去を想いだして

語ってくれた。

天狗様にさらわれた友達は、三日間ほど山にいて

から、家に戻されたのだ。山中で出された食事は、

とてもお粗末だったので、天狗様の後継者になる

ことを拒否したそうで、それで家に戻された。

スカウトするにも待遇が大事なわけだ。

父と母は言った。「お前の前に忽然と現れた老人は、

あの天狗様・仙人様に違いない。おまえ、さらわれ

なくてよかったな」と。

しかし自分としては、その天狗・仙人様がもし僕の

ところに来たなら、弟子になりたいと言うと思った。

なぜか?小学一年の頃、想いだした過去世のことを

彼なら教えてくれると思ったし、彼は、人間であり

ながら、人間を超越しているのだから、偉大な存在

だと思ったからだ。その想いゆえか。その後、天狗

様らしきは、僕の前にたびたび現れて、様々な驚く

べき超越的力について、それを見せたり、意味を

教えたりしてくれた。そうした超越的な力を得て

いながら、空飛ぶ人は心が慢心しない人であり、

心がまた天狗にならなかった謙虚な人だったのだ。

だから彼は、空飛ぶ真のヒーラーだった訳だ。

彼は、古代においても高度なヨーガを習得した人で

あって、そのような霊的力、霊的世界があることを

日浦に見せるためであった。もし、日浦にその力が

無いのであれば、わざわざ力を見せに来ない。

あの空飛ぶヒーラは、日浦に対する生きた凄い力を

持った霊的教師であったのだ。

 

現代のネット上にいる自称のヒーラ、また、瞑想を

教える者は誰一人として、あの空飛ぶヒーラの足元

にも及ばない。というか本物がいないのだ。

 

老人が現れた時、そして、去るとき、二度に渡り、

身体が忽然と空中に消え去り、また空中から忽然と

現れることを日浦は目撃体験した。現代では滅多に

ないことである。