発明の瞬間

就職先が見つからないまま、冬が来た。

たしか大雪の年だった。なぜかカメラを持って

雪国の暮らしを撮影した。街の裏通りへ行けば、

積雪した道路には、各家屋の屋根雪が捨てられ、

積雪した路面の高さは、家の2階と同じであり、

路面の横には、電柱の電線が通っていた。

そのような高みにある積雪路面は、人力による

そりが荷を積んで通り、その路面から雪の階段を

下って玄関に入るという暮らし振りであった。

日曜ともなれば、人が総出をして雪おろしをする。

屋根下に落とした雪は玄関や窓を埋もれさせる。

その雪もまた排除するという重労働を余儀なく

されていた。日浦が子供の頃から、「雪地獄」と

呼ばれていた特別豪雪地の暮らし。

東京から帰京した日浦の眼には、昔のままの

雪地獄がそこに在った。思うに、このような雪

地獄を誰が解放へ導くと言うのか?

「僕が雪地獄を解放しよう」そのような決意を

して家に戻り、その研究に没入した。

屋根雪を下ろさなくてもいい住宅を発明すれば、

その仕事が舞い込み、暮らしは良くなると思った。

愚痴を言いながらも研究に没入する日浦の部屋に、

3度の食事を運んだ妻。

研究に没入したから約150種の装置を図面化した。

その主要なシステムは、給湯ポイラーの配管を屋根に

敷設して、ボイラーの湯を循環させてれば、屋根雪は

融ける。同じく、電気ヒーターを屋根に設置して深夜

電力を使えば、屋根雪が融ける。そのような単純な

ものさえ売り出されていない時代だった。

だが、ボイラー式も電気式もコストが高すぎるため、

そのアイデアを没とした。もう考えられるシステムは

無いのだと結論した。

再び未来透視

だがしかし、100年先の時代なら現在の既知なる

モノは、古いモノになっているはずだ。そんな

100年先の先端技術は何か?と考えて徹夜が

幾日も続いた。徹夜したある朝、日が昇るのを

知って、障子戸を開けて、窓ガラスも開けて、

冷たい外気を吸った。目の前には、軒先から

下がるツララがあり、その先端から、一滴の

水滴が地に落ちた。それは、日浦の眼線と、

水滴と、太陽とが、一直線的になった瞬間、

偉大なる真理が開示され、それが物質真理と

して日浦の意識に概念化された。

それは、実に膨大な情報を開示していたが、

その理解は一瞬だった。

その時、完全に思考を超越していたことを

知る。思考の超越とは、完全なる無思考で

あり、完全な無想のことだ。完全なる無想は

如何なる高度な思考をも凌駕する。

 

これも続くとしよう。