未来透視

実家へ戻ってから1年が経とうとしていた。

その日、暑さは極まっていて、火にかけた

鉄鍋の底を歩いているかの様だった。

もう帰宅しなければならない時刻だが、

帰宅したくは無かった。

そんな時、子供の頃、遊んだ信濃川へ行こう

という想念が沸き起こった。その想念は、

外部からやって来たもので、導きだと知った。

 

土手の草むらに座り、川面を眺めながら瞑目して

一呼吸すると、意識体が膨張するのが分かる。

ここで言う意識体とは、子供の頃に覚えた体外

離脱する身体であり、非物質の身体だ。それが

物質的身体の中にある。

それが奈良の大仏様よりも大きくなったんだ。

膨張した意識体の手の中には、家庭内のもめごとに

悩み苦しむ僕が座していた。

意識体は、恐ろしいスピードを持って膨張し続ける。

やがて目の前に地球があり、それが更に小さく消え

去り、全宇宙が視覚化され、それさえも消え去った。

僕はどこへ行ったのか?

そう思えば、宇宙が消え去った広大な空間の一点に

身体があった。その身体は相変わらず悩み続けていて、

瞑想どころでななかった。瞑想する我、その瞑想者を

目撃するわれ。

どっちが自分やねん?

そのような疑問と言う想念を無視し、自分の近未来を

知りたいと欲した。すると広大な青空のような異質なる

空間が現れた。なんと、そこに日浦がいた!それは、

立体のカラー動画であった。

動画のなかでは、何かを研究しているかと思えば、

その研究成果が速やかに物質化され、それを新聞や

テレビが放映する。それゆえ瞬く間に全国的に有名に

なり、その仕事を通して(Youtubeに紹介した柳式の

発明と事業化)、地位と名誉と富とを一挙に獲得して

いた!子供たちは元気に遊び、また小学校へ通っていた。

いわば発明により、得た富と名誉とが、不仲な家庭の

潤滑剤になり、激しい確執が消えていた。

そのようなビジョン、深い瞑想中に観る立体動画の

自分は、これから先の生き方を示していると知り、

大いに安堵した日浦。

10年間の未来ビジョンを観た日浦は、更なる先を

読みたいと思った。すると、劇場にある垂れ幕、

緞帳のような大きな幕が天から下りてきて、その

幕が閉じたのだ。

 

え?え!?日浦の人生は、40歳までか?

 

その幕を開けようとすれど、決して開かない。

幕の内側から人の手の様なものがあり、6個の手が

がっちりと幕を閉じていた。幕が強制的に閉じられた

その意味を知って、背筋に鉄筋棒を貫かれたような

衝撃があった。恐れを知らないはずの日浦ではあるが、

この時は、深い恐れを知覚していた。

それと同時に決心したことは、家庭は安定するから

40歳までは生きよう。40歳を持って、地上の生から

解放されるのは嬉しいことなのだと。

 

それからは、信濃川の土手に座した瞑想により観た

ビジョンの通りに人生が開かれていった。

しかし40歳を過ぎると、あたかもパンドラの箱を

開けたが如く、あらゆる不幸が生じた。そして、

死ぬことはできなかった。後の30年後に出会った

真我体現者の紫蓮さん曰く、「日浦さん、あなたは

遠い過去世において、到達された方であり、さらに

不死身を獲得したから死なないのです」と。

 

読者の皆さんは、この日浦の体験と同じく、人であり

ながら、その本性は、決して人ではないのだ。ゆえに

人は誰もが、その本性を体験しなければならない。

自分は人であると思い込んで、この世に生きる限り、

苦楽は付きまとう。

ころころと変化する苦楽を離れるには、本当の瞑想を

学び、それを修練せよ。そうすれば、自分の未来透視が

できるようになり、同時に他人の未来透視も可能になり、

自他の無数の過去世体験も思い出すだろう。