疑似体験

「われハヤブサ」 2016 年 01 月 28 日

なぜか自分の馬鹿話を書きたくなった。

地上にいる残り時間が見えたからかも知れない。

40 代の頃、趣味は多彩だった。バイクもその一つ。

離婚した直後だったこともあり、チューニングした

バイクにまたがり、行く当てもなくツーリングする

日が増えていた。仲間たちと山の峠道を疾走する時、

生きることの嬉しさがあり、こみ上げてきた。

「生まれてきて良かった!」そういうものが内にいた。

そいつに向かい、「バカもん!」とカツをいれたりした。

北海道の一周旅行も体験した。3週間かけて。

ある日、新潟から練馬インターまで走り、都内の

カフェに入った。この時もまた死にたい、という

願望が起こっていた。死に場を考えていたら、

新潟県は上越新幹線と関越自動車道が並行している

場所があることを想いだした。

「よし新幹線の速度を超えて死のう」と思い、

練馬インターに突入し、そのまま疾走した。

死を決心したら会社や残された者の事など考えない。

その走る姿は、生まれたことの悲しみ、死ねることの

喜びを抱えたハヤブサの如く飛ぶライダーなのだ。

休憩を兼ねた長岡インターでは、新幹線の時間表を

読み、スローな速度で高速道路を走る。

来い、新幹線。

やがて、バックミラーの中には、小さな新幹線の

ライトがあった。それを見てすぐ、フルスロットルに

して、疾走するわれ。しかし、アット言う間に新幹線

に追い越されてしまった。

更に前傾姿勢になり、更に、静かにスロットルを絞る。

少しスロットルを緩めて、もう一深く度絞る。すると

大砲の大筒から弾丸が飛び出すが如く勢いがうまれ、

バイクが軽々と飛んでゆく。

すげえー!!こんな刺激的な体験は、誰にも出来ない

だろうな!

前方を見る視界は野球のボール大に縮小し、その周囲は

真っ暗だ。想像を超えた恐ろしい風圧を全身に受ける。

マフラーから吐き出すエキゾーストの音と心臓の鼓動は、

同期していたのではないか、と思えるほど、人車一体。

生きている!と言う素晴らしい実感、未体験の快感、

死ねる!と言う喜びが同居していた。

マインドが吹き飛んでいて、適切な言葉がないのだ。

顔を少し横に向けて、横目を使うことも命がけ。

小石を踏めば、バイクは風に舞う木の葉のように

宙を舞うだろう。

或いは、いきなり進路変更する車があれば、激突

するは確実だ。そしたら今度こそ確実に死ねるか?

死ねる !

そしてついに、新幹線に追いつき、新幹線と平行に

なって、疾走した中年暴走族のハヤブサ!

ハヤブサと言うのは 、50 万円もかけた特製のオー

ダースーツの背中に、大きなハヤブサの絵を持つ。

美しい刺繍なのだ。今なら黄金の大鷲と言いたい。

速度メーターは、270 キロを超えていた。

おー ! 

270キロの速度で、自分に向かって前景が飛んで

くるのだから、メーターを見るのも命がけなのだ。

 いくども幾度も苦悩と死線を超えたゴミのような

我が人生。こんなゴミは要らないんだ。

早く死ね !

よし !! これが最後の暴走になる、そう思った。

総ての力みを放ち、スロットルを絞り、また絞る。

そして、遂にバックミラーの中に新幹線は消えた。

やった!

速度メーターの針は、300 キロを超えていた。

KawasakiのWWZRは、1100cc、360キロ/時

スピードが出る輸出用モンスターマシーンだ。

ふと気が付けば、上空をヘリが低空飛行している。

いったい何だろう?

用事を思いついたので、高速を出ることにした。

新潟の料金所を出ると、そこにパトカーが三台いて、

中から六名の警官が駆け寄り、僕は手錠を掛けられた。

免許証を見せろと言う。

「ミスターマリックなら、後ろ手の手錠のまま、

免許証を出すかも知れない。僕は手品が出来ない

んだよ」と言えば、

「あ、そっか。じゃあ手錠を外そう」そいう言った

若い警察官。聞けば、数か所でネズミ捕りがあった

言うが、気つかなかった。このような暴走は何日も

繰り返していた。だから暴走するハヤブサを追撃する

ヘリが飛び、各インターには、白バイやパトカーが

待機したそうな。ご苦労さん!

ヘリが飛んだなら、高速から途中下車しなくとも、

どこかで逮捕されただろうと思った。免許証を見た

警官は「あなたは、あの有名な◯◯◯さんか?」と

聞くので、返事をしなかった。無線で身元を確認した

警察官いわく、「わたしは、あなたのファンだよ。

でも、ヘリが飛んだから見逃せない。申し訳けない」

そう言ってくれた。春うららかな午後だった。

また死ねず。しかも免許取り消しだってさ(笑)

「免許取り消しは承知しました。でも、雪が降る

日まで、バイクに乗れたら嬉しいな」と言って見た。

そして、免許取り消しの通知が来たのは、初雪が

降ってから、一週間後だった。雪が降るまで乗せて

くれたんだね、有り難うね、お巡りさん!

 

一年後、自動車免許は採り直した。だがバイクの

免許はくれないと言った。それでも乗りたい一心が

支えになり策略を練る。東京は府中の試験場へ行き、

受験できない違反者であるというのにも関わらず、

大型バイクの試験に合格した。だから今でも大型

バイクの免許があるわけさ(笑)

当時、大型バイクの合格を「限定解除」と呼び、

ライダー達のあこがれだった。

 

こんな暴走の体験記をなぜ今ごろ再掲載したのか。

人が自己の本性へ向かうことと、似ているからだ。

ゴールを設定したならば、総てのリスクを捨てると

いいのだ。

しかも300キロのスピードじゃあ、マインドはそこに

存在できない。マインドが無いから、300キロ速度も

恐れが無い。生きるも死ぬもきれいに消え去るのだ。