御礼メール・2

かなり長文なので、少し省いています。

 

大阪の◯◯です。

21日は、私にとって衝撃的な一日と

なりました。本当に 思い切って参加して

良かったです。

去年一昨年は、 原因不明の倦怠感 や

月2、3度4日間くらい吐き気が続き、

点滴や吐き気止めが効かず、心身ともに

気力が 全くなくなり、別人になっていました。

今年春ごろから 保険のきく漢方薬を出して

くれる病院に出会ってからかなり 症状が

ましになってはいましたが、それでも

月二回 、10日くらい寝込むのです。

最大のハードルは、セミナーのため東京まで

行けるだろうか?。。

と 言う不安が 一杯でした。

経済的なハードルもある中 先生に参加を

許可して頂いたので、行けるに違いない!

と言う想いも生まれていました。

当日の朝まで迷いましたが、高速バスを

選択しました。

18年前の離婚劇から過呼吸があるので、

いつもの自分なら ありえない選択でした。

 

セミナーは、(ああ!そうだった

のか!)と声を大にしたかった

くらい 衝撃的な内容でした。

アフターの時は、衝撃を受けすぎて、

お腹にいっぱいで、頭が真っ白で

ぼーとしていました。

 

今まで、

ラマナマ・ハリシやクリシュナムル

ティの本を読んで、思考を観察して

いましたが、引き籠りのような状態

になりました。

 

今年になってまた、このマインドは何なんだろう?

どこから来るんやろう?と 強く思うようになりました。

このマインドを (まがいものの自分 )と呼んでいました。

それに 同化してしまう自分にすごく嫌気がさしていて、

特に子供に何かあると 一瞬で同化するので、同化する

事を 「意識不明重体 」と 呼んでいました。

人間は、気がついてないけど意識不明重体で生きている。

何とか抜け出す手段を知りたい!と 思うものの、

夏が近づくと また体調が より不安定な様子になり

 

色んな意味で

今世をあきらめかけていました。

人間である以上、真実は知りえない。

 

そう 結論を出しかけていたところ、

人間であるのに真実を知り、真実を語っておられる

日浦先生に出会えました。

 

セミナーを受講した事で、深く深く 腑に落ちる。。

今までとは全く 質の違う あえて言葉にするなら、

今までの私には、無理だった事が場と言う次元が

変わる事で 魂への理解が起こった。。

そんな感じでしょうか。(言葉にするのは、難しい

話しです。)

もちろん 全て理解できているわけではないですが、

今までにない 衝撃を受けた内容でした。

そして各地のラーラさんや2回目以降の皆さんが

とても寛容的に親切に接して下さった事も 印象的で

心が和みました。

とても緊張していた私には、ありがたかったです。

帰りのバスでは、絶対寝れないと思っていたのに

一瞬で 寝ていて(笑)驚きました。

途中 起きた時(あー。。腰いたいなぁ。。しんどい

なぁ。。)と寝起きでいつもの思考が始まりましたが、

すぐに気づきが起こりました。

(あっ。いつも こうやって どんどんしんどくなって

いくのがパターンやな。腰痛いってホンマなん?

ホンマにしんどいん?)と 問いかけると しんどくなく

なっていました。

 

昨日と今日、瞑想もわからないなりにしてみました。

昨日7分くらい。古い鉄骨マンションの4階で強風でも

揺れるのですが^^; 地の底の方から 軽い振動?がきたのを

感じました。(アレッ?また 地震?)と 思い、そこで

終わりました。今日は、呼吸に意識を向けていると

身体が透明の筒みたいに感じて 空っぽの中を ただ、

呼吸だけが出たり入ったりしていました。

最後の方 その空っぽの筒(身体)が金色にみたされて

広がっていくようでした。その後 自然に目が開いて

タイマーを見ると28分たっていました。

引き続き、瞑想を修練し、体験をまずノートに書き

綴っています。

やっていく内にわからない事は、質問させて頂けると

ありがたいです。

最後になりましたが、またとない 機会を与えてくださり

本当にありがとうございます。

こうやって 御礼メールを書いている時に、丁度その時、

日浦先生からの集合写真が送られてきました^ ^ 

ありがとうございます!

以上。

 

 

ふう~長いな。

ここで、自家製の「愛す珈琲」を飲みながら、記事と

そのコメントを終えたい。

 

彼が放つ不可視なる解放の光りは、

真実、正直、謙虚さにのみ同調する。

もし人が、それを守るなら、

すべての苦悩はすぐさま消え去る。

そして、すべての心の病、身体の

病もきれいに消え去る。

それは何故か?

紫蓮さんも言っていたように、

その解放の光りは、太陽の如く、

万象万物・あまたの魂を照らして

いるのであって、

個人が解放の光りに同調するか

否か、それだけのことだ。

 

これを読者の皆さんも試したらいい。

  

「わたしでも、先生の光りを受けられますか?」

という問いを発することはたやすい。

それが無いものには、光りは同調できない。

この日浦が人を差別しているからではないよ。