父親の子育て

離婚した後、男親の僕は、二人の娘を

どう育てたのか、その要点を述べよう。

 

「お母さんは、私たちを捨てた」という

悲しみに打ちひしがれた娘たちを呼んで、

正座させてから、こういった。

 

「お前たちに言っておくことがある。

お前たちは、お母さんの子でもなければ、

この父親の子でもない。」と。

それを聞いた娘たちは、大いに驚いた。

お父さんは何を言いたいのか。お父さん

までが私たちを捨てるのか?という恐怖が

湧いたからだ。

 

「お前たちを一個の独立した他者の魂として

扱い、二十歳になるか、大学を出るまでは、

すべての面倒を見る。それが親の責務だ。

だから何があっても心配してはいけない」

と教えた。

 

そして、子供を親の支配下に置くのではなく、

子供という状態の魂に対し、自由を尊重する

と教え、但し、ウソをついてはいけないこと。

もしウソをつくようになったら、ゴミを捨てる

ように、お前たちを見捨てるとも言った。

そして、下記を約束した。

 

① 娘たちに対し、家事その他、なにも手伝いを

  強要しなかった。

② ああしろ、こうしろ、それはやるななど、

  説教がましいことは、一切言わなかった。

③ 学校のこと、成績について、また友達関係に

  ついて、何も忠告せず、何も質問しなかった。

④ 親の言葉からではなく、沈黙の背中をみて

    自分の生き方を学べという沈黙の教えだった。

そして、最後に言ったことを思い出すと今でも

笑える。

 

異性に関心がある年代だから、恋愛もセックスも

自由にやれと教えた。但し、妊娠するとか性病が

あることを注意しなさいと。お前たちのことが

好きだと言う男には気を付けなさい。なぜなら

彼のハートは、ファスナーの内側にあるからだ

と教えた。次女は意味が分からなかったが、

長女はくすっと笑い、後で教えてあげるね。

と言っていた。

 

このような子育てが良いわけないが、男親が

最善であろうと考えた教育方針だった。

それから、家事全般を僕だけでやりながら

仕事の激務もこなした。

離婚の噂が広まっている中で、PTA会長の任を

背負わされ、町内会長の任を背負わされ、

その他に色んな雑用が押し付けられた。

 

食材を飼うために、スーパーへ行ってみた。

買い物かごを持って、何を買えばいいのか、

なにも分からない。料理の仕方も知らない。

 

われ呆然と立ち尽くすのみ