親の教育?

親は、子供を愛する存在であり、

親の愛情は、海より深い。

という世間的な通念の風潮がある。

それは、本当か?

これから語ることは、僕個人の考え方と

子育ての体験であり、それを読者に

押し付けるものではないことをわきまえて

読んでほしい。

 

中学生の頃、母は僕に言った。

「悲しい時は泣きなさい。怒りがあれば、

それを行為によって、現しなさい。

例えば、物を壊してみるとか、どなるとか

したらどうなの!」と。

その中学生は、おとなしくて無口だったので、

母は、中学生の想いを知らなかった。

 

ある時、母の忠言?に応えてみようと思い、

ミシンの椅子を分解した。それを目撃した母は、

わざわざ父を呼んで、僕を叱った。黙って説教を

聞くこと約10分。僕は口を開いた。

「お母さん、怒りに燃えたら物を壊して見ろと

言ったよね?この椅子は、ねじ込み式だから

元に復元するよ。壊しては居ない。なぜ矛盾した

事を言うんですか?」

母は、なにも答えなかった。

「僕は、お母さんとお父さんの子供ではない。

生まれて育ててもらってはいるけれど、親とは

異なる独立した魂なんだよ。だからね、子供を

親のロボットのように命令し、しつけようと

しないで欲しいんだ。そうではないから椅子を

分解してみたんだ」と言ったら母は泣いた。

父も慟哭していた。泣きながら母は、

「説教される側のお前から、私が説教されている

ことの悔しさがあり、お前の説教が正しいことを

認めている私がいる。私は、どうすればいいの!」

と泣いていた。

「どうして僕の言うことが正しいと言うの?」と

問えば、

「いつ誰かかは覚えていないけれど、お前の言った

事を私は学んだからだよ!お前の説教は正しい教え

なんだよ!ああー、誰から聞いた教えだろうね。」

と言った母に父も同意していた。

 

むかし中国に生まれた時、その教えを伝えたのは

僕なのだ。父と母は、僕の信奉者だった。

その転生の記憶は、父と母は思い出していなかった。

だが僕の説教が正しい教えだと言うことは、

それを母親は思い出したのだ。

親の子に対する愛情は、海よりも深いものであり

ながら、時に親のエゴであったりもする。

純粋な親の愛情の中には、子供への押しつけや

ロボット化への支配欲求が含まれる。子供の反応は、

それへの不満から生じる場合も多々ある。

驚くなかれ、自分の子供に毒気を吹き付けている

親も大勢いるのだ。親子のエゴとエゴのぶつかり

合いがあればこそ、悲惨な家庭環境が生じるという

のも現実だ。そこから抜け出す解放への道があり、

それをラーラジャパンが教えている。

 

「ラーラ沖縄」ブログの中にある、紫蓮さんとの

対話⑳を参照のこと。彼は、すべて親のエゴだと

一括されて、かちんと来たかも知れないけれど、

それを分かったからこそ、奇跡が生じたわけ。

エゴを超える力を持っている。立派だ。