呼吸が消える

記事の「プログラム」に書いた
2.呼吸が消え去る呼吸法について

いまから4年前くらいだろうか、
近くの公園のベンチに座り、眼を開けたままの
瞑想状態でいた。公園に遊ぶ人が画像だった。

そして、その時、自分が呼吸していなかった
ことに気づいて、改めて呼吸を観た。
すると、吸う息が無く、溜めた息も無く、
吐く息も無かった。

それは、呼吸を我慢して止めていたわけ
ではない。我慢なら苦しさがあるだろうが、
苦しさはまったく無く、とても心地よいのだ。
だから自然に呼吸が消え去っていた。

呼吸が消え去ると、心と身体は、思いのほか
安楽だった。安楽という状態は、完全なる
リラクゼーション状態なのだ。そしてまた、
その時は思考が消えていた。なんの想念も
浮かんでこない。雲一つない広大な青空の
ようだ。

生理学的な呼吸は、身体維持に欠かせない。
呼吸が止まれば、肉体死を意味するのだろう。
医学上の呼吸に関する説明は、レベルが低い
そう思わざるを得ない。

事実は、呼吸が消え去っても、苦しくなく、
身体になんら支障はないし、死なないし、
驚くほど心地いいのだ。

そしてまた、生理学的な説明によれば、
肺から血液中に酸素を送ると言う。
それは、恐らく本当だろう。

しかし次のように深く考えてみたらいい。
有機体内部に酸素を入れたら、すぐさま
腐敗化への変化が転じ、また酸化現象が
生ずることを。
そると、その腐乱と酸化を防止する働きも
また体内に機能があるわけだ。
そうであるなら、効率の悪い働きがあり、
エネルギーの浪費があり、新陳代謝する
だけでも身体は疲労すると言うことだ。

呼吸とは、マインドの動きを現している。
思考といい想念と言い、それが停止した
ならば、呼吸は消え去る。逆に呼吸が
消えれば、思考が消える。

受講生も努力して、チャレンジするが、
せいぜい2分~3分くらいの呼吸停止を
体験する現状にある。

ある時、努力せずとも、一時間くらいの
呼吸の消滅を体験するだろう。
そのくらいの時間を持てば、思考と呼吸の
関係性を理解するに至る。

読者は疑問に思うだろう。
呼吸が消え去ったとき、どうやって酸素を
取り入れるのか、と考えるのは無理ないが、
その疑問自体が、的を外れているのだ。

この論説をしっかり読めば、その疑問は
消え去る。と思う。

世間には、身体を健康にするという様々な
身体療法があり、食事療法だとか睡眠療法が
ある。アールユーベーダーだとか、様々な
考え方が提唱されているが、根本的な治療
方法など無いと言えるのではないか。

薬りや治療の何ものも必要とせず、
万病に効果あるものは、この呼吸が消え去る
呼吸法がベストなのだ。それは思考が消え去る
ことを意味する。このことも太古から人類に
公開されず、秘匿されてきたのは、食文化に
関連する産業、医療関係、その他が生き残る
ためなのだと言っていいだろう。加えて人は、
食べることが大好きなカルマを持ったからだ。

事実は、何もしなくていいんだ。
本当は、呼吸さえもしなくて
いいんだよ。

紫蓮さんは、ずっと呼吸をして

いないし、幼少から何も食べない。
それでいて、すこぶる健康なのだ。
紫蓮さんに会ったことのある女性は
言っていた。
「まるで赤ちゃんのような綺麗な
肌ですね!」と。
もちろん化粧をしないスッピンだ。