神社の秘密

むかし、ある人を殺害し、その霊を封印する

ために作られた神社の歴史がある。

参拝する人は、それを知らない。殺害されて

呪いを掛けられた霊は、人々から参拝され、

崇拝されてゆくうちに、自分は神だなどと

大きな錯覚をする。そして、殺されて呪いを

掛けられたことも忘れる。それが神社の目的の

ひとつ。

 

2019・1・23日の記事「いにしえの蛇」をみよ。

世界を牛耳る勢力の祖先は、古代エイリアンである。

日本の古代からある出雲大社・大紳神社・諏訪大社

などは、皆さんも知る通り、蛇信仰であり、それらは

太古から人類を惑わし続けている邪神だ。

そこの神主でさえ、どうして蛇を祭っているのかも

知らされていない。

 

神社は、神聖な場所だと人は勘違いをして、そこを

参拝し、願を掛けたり、欲望達成を祈ったりする。

それは、無限数とも言える人々の願掛け、欲望投影の

対象こそ、神社という意識の投影空間なのだ。

エゴを持つ人の欲望や願掛けが神聖なわけもなく、

それら無数の想念が集約されて、ずっと想念の記録が

保持された場所が神社なのだ。だからこそ、神社は

聖域ではない。込められた人の想念は、恐ろしいもの

だから、それらが沁み込んだ神社と言う場所は、危険

ゾーンだと知らなければならない。

危険とは、不浄な想念、穢れた想念、破壊的な力を

持つ念であり、そこへ参拝に来た人に影響を与えずに

おかない。

それゆえ願掛けに来た人は、

不浄な霊的なものを、お持ち帰り

する人も大勢いる。 

そして多くは、より不幸になってゆく。だから

神社やお寺が、神聖なパワースポットだなどと

考えるのは、大きな大きな間違いなのだ。

神社巡りを推奨する誰かさんは、危ない人だ。

 

負の真理

神社などは危ない場所だという反面、大きな

パワースポットでは在りえる。それは巨大な

負のエネルギーを放射するエゴ空間のパワー

スポットとしてである。

 

100歩を譲って、聖域というパワースポットは

存在すると仮定しよう。

だが、その聖域に無限数のエゴ・欲望が集まれば、

聖域のエネルギーは破壊され、強大なエゴのエネ

ルギーを放射する恐ろしい磁場と化すのだ。

お分かりかな?

霊的な眼を開いて、神社仏閣を観なさい。

そうすれば、参拝しようなどと言う想いは、

消えて無くなるだろう。