クリシュナムルティー病

かつて僕もクリシュナムルティーの

書籍を愛読した時代があった。

しかし自己の目覚めに伴い、彼の書籍は

精彩を失った。

彼の書籍「子供たちとの対話」の中で、

子供たちの父親、特に事業主、経営者に

ついては、とても醜いのだと言う彼。

それを聞く子供たちの心境はいかに。

 

日浦サイトを運営したころ知ったのは、

クリシュナムルティーの会なるものが

あり、そこへ電話を入れたところ、

いきなり高邁な説教が語られた驚き。

黙って聞くこと、およそ10分。

電話の彼は翻訳者だったが、自分が

クリシュナムルティーと同じ境地に

在ると自慢していた。そして、

電話する者、入会する者を見下して

いた。彼は自分が狂っていることを

知らないのだ。たかが翻訳者であり

ながら、悟ってなどいないというのに

自分がクリシュナムルティーと自己

同一化したという錯覚の恐ろしさを

気づいていない。

日浦サイトの記事において、これを

クリシュナムルティー病と命名した。

いま現在は、会も沢山あるようだ。

またクリシュナムルティーと同じ真理を

語るというブログが人気だった。やがて

読者から、クリシュナムルティーのパクリ

だと指摘するコメントが入り、記事が

ぴたりと止まった。

一か月くらいすると、その姉がブログに

登場し、弟の不始末を反省します。と

言いだして、ついには、弟が自殺した

と書いていた。姉と弟は同一人物だ。

ここで言いたいことは、

クリシュナムルティー病は、誰もが

かかるマインド病だと言うこと。

ネット世界、スピリチュアル世界を

見たらいい。

非二元論だ、空を体験した、悟った

などという狂気の者たちを。

それらは、単なる言葉の模倣、追従、

遂には、ウソを語る羽目に陥る。

知らないことは、知らないと言う

ことが、正気を保ってくれる。

体験しないこと、知らないことを

知ったかの如く語ること、それが

すでに狂気に成りと、われは言う。

狂人病は、肉食の安全性、狂牛病

よりも遥かに恐ろしいのではない

だろうか。

こうした、マインドの病気を治す

ことの出来ない書籍、クリシュ

ナムルティーの教えは、レベルが

低いと言えるだろうが、それを

受け止める読者の意識レベルが

極めて低いと言わざるを得ない。

真珠は、貪欲な豚に投げ与えては

いけないという教えもある。

追加

知らないことは、恥ではない。

知らないくせに、知ったか振りを

することが、恥なのだ。

 

誰もが真実のゴーダマ仏陀を知らない。

にもかかわらず、仏陀を知っていると

語る者をなんと呼べばいいのだろう。

誰もが実像のイエスキリストを知らない。

にもかかわらず、イエスを知っていると

語る者が世界にあふれている。これらは、

みなクリシュナムルティー病に侵された

人達だと言うことを見よ。この病気を

別な言葉で言い現すなら、狂人病か。

それとも「狂心病」がしっくりするか。

 

この世界は、様々な立場のウソから成り

立っている。それをマーヤと言い、幻影

とも言われる。それが事実だ。

マーヤ、幻影は、マインドが作り手だ。

あなたは、身体でもマインドでも無い。