アンチ仏陀その4

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様々な仏典を基にして、仏教史を精査した学者さんの

多くは、原始仏教以外は、人の手垢に汚れたものであり、

仏陀の教えと言えないと考える人達もいます。

1700年の時をまたぎながら、仏教史改革の嵐の中に

生まれた多くの仏典類。論説の異なる仏典群。

その始祖であるゴーダマ仏陀という人物は、架空の

存在であり、実在しなかった可能性があるという人も

少なくないということ。

それほどまでに根拠なき仏教史だと言う意味です。

そうした中で、原始仏教が、根本宗教だと言い張る

人達の中には、スリランカをはじめ、ミャンマー、

タイ、カンボジアといった「テーラワーダ仏教圏」と

いわれる地域があり、それが唯一の仏教をとどめて

いる、と言っていますが、

そのように宣言してしまえば、それを信じる人も

出てくる、と言うだけのものです。いつの時代でも

歴史は創作が多いことを忘れてはいけない。

話しは戻ります。

仏陀の教団には、多くのインテリがいて、仏陀の

教えをサンスクリッド語にまとめようと言う弟子が

何人もいた中で、仏陀は自国の言葉をもって語ると

言っています。もし、仏典を残す必要があるならば、

仏陀の入滅以前から、経典は完備していたのです。

枯れた葉に経を残したなどというチン説もありますが、

あの時代は、約30㎝角の暑さ6ミリの粘土板があり、

その裏と表には、焼き入れした鋼鉄の鉛筆をもって

文字を彫り込み、永久的に残すことが出来たのです。

歴史が語る事実は、仏陀の教団が書き残した仏典は、

ありません。

仏教を訳が分からないようにした、その元凶は、

仏陀の入滅後、およそ200年の時を経てから

現れたパーリ仏典そのものなのです。

そのパーリ仏典の作者や年代を精査することが

誰にもできないにも関わらず、パーリ仏典から

無数の仏典が生まれ、訳が分からなくなったこと。

もし、そのパーリ仏典それ自体が、アンチ仏陀の

集団が書いたものであるなら、教えの神髄を書かない

でしょう。彼らは、アンチだから、90%くらいは

事実を書いて、10%くらいの毒を盛り込んだに違い

無いのです。その毒とは、いったいなんですか?