アンチ仏陀その1

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カピラ城におられた王子・ゴーダマ(後の仏陀)は、

バラモン教を学び、ヴェーンタ哲学を学んだ後の

「ヒンズー」だったと言う事実は、現代に伝わる

仏典には書かれていないでしょう。

城を捨てた理由も事実とは異なることが仏典に

書いてあります。

まだ目覚めていなかった王子ゴーダマは、過去世に

体験した悟りの知識を思い出しつつあったのです。

王子ゴーダマは、学んだ宗教上の知識が形骸化して、

真実が欠落していたりすることを感じ取ったので、

それらを、いわば完成させるために、真実の知識を

蘇らせるために出家したのです。これが真実です。

出家してから悟り、やがて仏陀になったのではなく、

過去世においても既に到達した仏陀だったのです。

だからこそ、バラモン教、ヒンズー教、ジャイナ教の

すべてが形骸化しており、真実性を失っていることを

見抜いていました。真実が欠落した教えは、偽りの

教えとなり、人を眼覚めさせることが出来ません。

悟りを得たゴーダマ仏陀は、弟子を連れて、広大な

インドを行脚しました。交通機関が無い時代です。

彼ら一行が行く先々において、既知の宗教が間違って

いることを、陰口ではなく、公然と非難していたのは

ゴーダマ仏陀です。真実は真実、偽りは偽りだと公言

する仏陀は、真実、正直、謙虚さの魂でした。

権力者や金持ちに迎合することは無かったのです。

その生きざまは、国家権力複数組織に対し、ひとり

戦った日浦の生き様と酷似しています。

批判されたバラモン達、ジャイナ教、ヒンズー達は、

自分たちを公然と批判する仏陀に対し、どう対処した

のでしょう。仏陀に同行した弟子たちは、あの当時、

ブラーミンと呼ばれたインテリです。批判する対象と

してのバラモン、ジャイナ、ヒンズーをよく学んでいた

インテリです。それらの知識に加えて、彼らも解脱して

いたのです。行く先々において、ほとんど敵対する者を

作らず、ゴーダマ仏陀に帰依させたという驚くべき偉大な

集団だったのです。その噂は、全土を震撼させました。

仏陀の最終解脱(身体の放棄)が近づいたころには、

あの広大なインドの三分のニくらいが、それ以上が、

ゴーダマ仏陀を神として、崇拝し、称賛したと言う

驚くべき事実です。

これも仏典に書かれていないでしょう。

仏陀の生前と入滅後、インドに花開いた仏教は、

やがて死に絶えてゆくことになったのです。

経緯について、本当の理由は、仏教学者が唱える説と、

大きく違うのです。