君も生命ロボット

【下記は無断転載・流用を禁ず】

 先の記事「人は、知的生命ロボット」に加筆しよう。

巨大化した身体は、身体それ自体に生命は無かった。

神経組織を流れる電気的エネルギーこそ、人の身体に

宿る生命だと勘違いして呼ぶものの正体だ。そして、

電気的エネルギーを発生させるものがあり、それが

生命を超えたものだと言うこと。

ここまでの論点は、

身体は、生命をもっておらず、いつも死体状態に

あること。神経の電気的エネルギーによって、死体が

生きた物の如くに動く、喋る、考える、眠る、という

こと。身体は個体物ではなく、それ自体エネルギーの

渦巻きみたいなもの。それを肉眼を通して見るとき、

個体物に見えているだけ。事実は身体も個体物では

ありえない。

では、考えたり、悩んだりする思考は、どこから

派生するのか。脳を観ると、それが分かる。やはり

電気的エネルギーが流れているが、脳内部もまた、

色とりどりの火花が咲く。それも、とても美しい。

恐らくは、リンという物質が脳内に光りを生み、

それが脳内に視覚をもたらすのだ。見るための照明

のように。

思考といい、心といい、感情その他がどのように

派生するのか。これがロボットの、プログラムに

該当する。脳と五感は、神経組織の結合状態だから、

五感とは脳の出先機関のようなもの。人の五感も

脳である。五感が知覚したこと、それが思考の基礎

になっている。外部情報への感覚反応が、われ思う

ゆえの「あなた」だ。

誰もが認めるひとつの事実がある。

それは、「人に記憶がある」ということ。記憶なく

しては、なにも認知できない。考えることも出来ない。

それゆえ人は、記憶と感覚反応の結合が生じ、そこに

無いものが生じる。

それらの思考、心、感覚反応は物質であった。そして

身体は自分ではなかった。自分ではない身体から派生

する諸々の思考もまた、自分自身ではないのではないか。

しかし人は誰もが、身体が自分であり、心が自分だと

言うだろう。そう思うことは出来る。思うことが真実

とは限らない。なぜ死体の中に思考が生じるのか。

そこには、意志ある電気的エネルギーが介入するのだ。

結論

身体と心は、断じて、あなたじゃあない。不可視な

電気的エネルギーそのもの、それを放つ何者かが本当

のあなただ。それを知覚するまで、あなたは有機体の

生命ロボットだ。ロボットの語ることに何の意義がある

だろう。ロボットのまま生きる人生に価値があるのか。

生命ロボットは、終わらなければ、自己に戻れない。

これが遠い時代から世界が見失ったひとつ「真実の

自己の知識」である。