人は、知的生命ロボット

【下記は無断転載・流用を禁ず】

 

 20歳になったその時、強烈な想念がやってきた。

それは、「人はみな、知的生命ロボットだ」と

いうものだった。

このような不可解な想念が突如去来したのは、

理由があった。それは、小学校へ上がる前の

ある夕食時に起こった。円形の食卓には、父、

母、姉、僕がいた。なんと、僕以外は、みな

死体になっていた!死体のままで、死体であり

ながら、ご飯を食べて、会話をして、笑って

いた死体の生き物だ!

怖くはなかったが、なんという不思議だろう!

それを親に言えば、精神病院へ入れられただろう

から黙っていたが、確かに死体そのものだった。

このことが、どういうことなのかを理解したのは、

初めは小学生の時、いわゆる体外離脱を体験した

ことにより、身体それ自体に生命力が無いと知る。

次は、26歳になってからだ。その中間期ゆえ、

「人はみな、知的生命ロボットだ」という、

いわばインスピレーションがやって来たのだ。

それの答えを知ったのが、26歳だということ。

それ(超感覚)も突然やってきた。

自分の身体が、およそ30mの巨大な体になった!

これも、なんという不思議だろう!

毛穴が茶碗のように大きく見えて、毛穴のうぶ

毛も太く大きいものだ。

皮膚の内部にある筋肉、血管、神経、内臓の

すべての器官、それらの背後も内部も同時に

観える不思議!これはもう、人の肉眼ではあり

あない。

じゃあ、僕は神になったのか?

いいや、僕は神が好きではないし、神を神として

識別できる段階にない。ゆえに神になったとは

思わない。全身に張り巡らされた無数の神経は、

電気のようなエネルギーが流れていて、無数の

接点(シナプスというか)において交差していて、

赤、青、黄色、紫など、様々な美しい火花を散ら

しているのが観える。なんと、美しい!

なんという神秘だろう!

その神秘の身体は、やはり生命をもっていない。

生命は、神経内部を流れる電気的エネルギーだ。

その生命エネルギーは、どこからやってくるのか。

それは、それを観れば分かる。それが観えないと、

生命が理解できない。

ところで、このような超精密なる有機体を一体、

誰が創造したのか?創造主は、やはり神か?

いいや違う。

それを観ているのは、神ではなく、僕自身だ。

それを観れば、誰もが理解する。人は、知的

生命ロボットだ、というあの想念は正しかった。

この生命、生命力のことを古代から魂と呼んで

いたのだろう。

観ることが真のヒーリングだと僕は言うなり。