感覚と思考

加筆あり 

世界は、感覚と思考という
エゴの集積から成る

国会討論の様相を、それは、黒川の処遇問題、また森友

問題、サクラを見る会、持続化給付金事務作業の委託先に

関する大きな疑惑などを、Youtubeで垣間見れば、僕は、

テレビを持っていないからであるが、省庁の役人と国会

議員との討論は、あたかも悪ガキ同士の言い争いの様な

低いレベルであると言うことが見て取れる。

その様相は、あらかじめ用意された質疑と応答集があり

ながら演じる問答であるから、国民に対する見せかけの

演技であるものの、あまりにもレベルが低くて評価すべき

点も非難すべき言葉もない。

ウソの答弁を死守したならば、そのご褒美として特段の

出世が与えられる官僚たち。更に大金が与えられるのだ。

だから出世を望む彼らには、ウソが必要なのだ。

だからと言って公僕のウソを許してはいけないが。。。

そしてまた、巨悪を眠らせないなどとカッコをつけた

検察は、阿部や黒川を不起訴処分にした。そんな検察も

所詮は権力の飼い犬である証拠を自ら示したのだ。自らの

存在理由の矛盾を自分から露呈するのは、賢くない。

起訴すべき者を不起訴にすること自体も権力の誤用であり、

それが犯罪ではないか?という意識があるのだろうか?

そうした理性がある検察もいるのであるが、やはり出世の

ために不起訴処分を選択するからである。悪を為す権力者を

不起訴処分にすると、特段の出世が約束され、大金がもらえる

からだ。その裏金は、国民から搾り取った税金なのだ。

このように、不起訴処分にしたり、ウソを死守する高学歴者の

出世とは、詰まるところ権力者から餌を貰う飼い犬のよう。

おい、そこのワン公!ここ掘れや!

うん、掘るよワンワン! 

よーし次は、お手!お預け!笑い

国民から得た税金を給与に貰っていながら、国民を騙す

彼らは、高学歴と知性は決して比例しないという生きた

見本であり、しかも有名大学を出たからと言って、馬鹿が

治ると言う保証もないことが明らかである。と言うより、

高学歴が馬鹿さを補強する材料にも成りえる見本と言える。

人を騙しても出世したいと考える者を高い知性の持ち主だと

言われる訳けが無く、自分の出世のために悪を為す権力者を

擁護して、国民に対するウソを死守するならば、人間として

決して偉い者ではなく、最低以下の屑野郎なのだと言う

知性が無いからこそ、彼らはウソも定期であり、息をする

如くに自然である。阿部や黒川を不起訴にした検察は、

その検察官の実名と顔写真とを国民に公開したらいいのだ。

そういう事実公開のシステムを構築するならば、検察の家族や

親戚縁者もそれを知るだろう。すると、「そんなことで、

俺は有名になりたくはない!」と言って、安易な不起訴処分は

出来ないだろう。

そうならないのは、報道も権力者の道具で在りえるからだ。

そうした場合、顔や実名を公開しなかったテレビ、新聞社の

実名も公開したほうがいいのではないかな?それは、誰が

やるんだろう?

 

いったいどうして、このような馬鹿が大量発生するのか?

国民を騙す馬鹿者の大量発生は、国籍と時代を問わず、

イナゴの大群とか、砂漠トビバッタ、武漢ウイルスよりも

遥かに恐ろしく危険なものだ。

しかし、高学歴なバカな彼らは、なぜ生まれるのか?

馬鹿が生まれる土壌と傾向を示す古い諺がある。それは

馬鹿と煙は、高い処を目指すと言う。。。

親のカルマ教育

煙が上昇するのは、対流と言う自然法則ゆえである。

人が高みを目指すのは、地位名誉などの権力志向ゆえ

である。そんな彼らの育ちを観るならば、親が自分の

価値観やカルマを子供に押し付けるからである。立身

出世という古くからの人生哲学がカルマとして働く。

だからこそ、「出世しなさい。そのためには、いい大学を

出て、時に人を押しのけたり、騙してもいいのだ」と

教える馬鹿な親は、思いのほか多くいるのだ。そして、

そのような親の愚かな教えを受け入れるバカ息子、

バカ娘も沢山いるのである。

このようなバカ者は、あたかも煙の如き上昇思考を持ち、

地位・名誉・立身出世という妄想に憑りつかれる宿命を

背負う。あたかも親の因果が子に祟るという諺のように。

地位・名誉・立身出世を求めることが妄想であることの

説明は後述する。

幸いかな、日浦が小学生の頃、母親は僕を正座させてこう

言った。「盗んではいけない。ウソをついてはいけない。

弱者を虐めてはいけない。」そう教えてくれたのだ。

それを聞いた小学生は、母の教えは真実であり、いつの

時代にも正しい教えなのだと理解したからこそ、母の

教えを守り通してきた。このような因縁は、遠い過去世に

おいて、今は他界した母と父は私の弟子になり、「うそを

ついてはいけない。盗んではいけない。弱者をいじめては

いけない」という教えを受けた人であった。自分が弟子の

母と父とに教えたことを母の言葉として、聞いて納得した

ということであった。これらは、善いカルマである。

「ウソをつくな。盗むな。弱者をいじめるな。」は、

極めて簡素な戒めでありながら、これを人生の杖として

歩むなら、馬鹿にならないだろう。

むかし、高橋信次の会社にいた頃、信次の語るウソを

多く見てきた。なぜ、そのようにウソを言うのですか?と

聞けば、騙される方が馬鹿だから、と言う信次。騙す方が

悪いでしょうと反論すれど、いいや騙される方が悪いと

繰り返すだけの信次の想いを当時は理解できなかった。

しかし今なら理解できる。彼の考え方は、賢い者を騙す

方がより賢いのだという単純明快なものだった。

しかし、これこそ狂った思考なのだ。

信次に限らず、ウソも平気な阿部、官僚、検察、国会

議員らは、壊れた思考の中に在って、自分の世界観に

ついての高みを目指すエリートだと勘違いしている。

私が国家だとか、下々の皆さん、という国民を見下す

言葉使いが、妄想的な思考者の特長である。

彼ら仲間同士では、自分達が上級国民のなかの特別上級

国民だと豪語しているが、時には、国民を奴隷とも呼んで

いるのだが、それをテレビを通して国民に言えないのは、

単に自己イメージの妄想でしかないからだ。間違って、

テレビに向かい、「下々の国民の皆さん、奴隷の皆さん、

私が上級国民の上級者だ」とか、「私が国家である」と

公言してみればいい。そうすれば、国民による猛烈な

批判に耐えられないだろう。だから彼らは本音と建前の

二枚舌の達人だと言っていい。政治家の条件は、二枚舌と

ウソの常用と、心臓に剛毛が生えている事なのか?

二枚舌、ウソを常用するならば、人としての品格を失った

落伍者であり、他者から信頼され、尊敬されることはない。

それが分かっていながら、利権を求める者は馬鹿者と呼ば

れることも承知なのだ。金のため。出世のため。

死んであの世にお金は持っていけないという批判は、彼らに

とって、単に他者の負け犬の遠吠えでしかない。

阿部も小池も学歴詐称の疑いがありながら、その疑惑を

晴らすことが出来ないのは、ウソつきの特徴を現している

からだ。

国会答弁を見ていると、彼らには、「国民にウソをつくな。

国民の税金を盗むな。国民を虐めるな」という人としての基本

原則が無いことが明らかである。政界においての利権を求むる

のは、離欲の真逆にある。それが諸悪を産み落とす。

しかしながら、自負するウソが世間にばれた時、彼らの病んだ

精神は、自己崩壊するしかないだろう。例え今生において、

ウソと盗みを隠し通したとしても、それが来世のカルマになる

のだから、来世もまた人から搾取し、ウソをつくのであり、

いつか国民にばれるのだ。世界の歴史が教えることは、そういう

感覚と思考とに憑りつかれた諸々の個人の履歴である。歴史は

繰り返すと言う。それゆえ過去の邪悪は、常に再生されるので

あって、この世界が平和になることは望めども、期待できない

のは明らかである。このような世界に対し、うんざりする者は、

幸いを得る可能性が生まれる。

権力そのものが、悪であるのか?

権力そのものは、その存在性を現すものであり、悪でも善でも

在りえない。権力を行使する人の意識が善か悪かを生み出す。

悪魔崇拝者であったマルクスの資本論は世界が容認しているが、

つまるところ唯我独尊的な破壊的思想に行きついたのであり、

ゆえに排他性を持つマルクス思想を継ぐ者は、資本と権力と

結合し、一党独裁をも標榜するに至り、ついには、世界の破壊

行為を為すのである。過去と現在の中国は、まさにそれである。

それゆえ、人の心ほど恐ろしいものは他にないだろう。

文明が進むほど、暮らしの利便性は向上するものの、人の心は

より狡猾さを増し、その手段と破壊力は、より大きなものと

なっている。もし、来世に生まれたなら、今よりもより高度に

管理された社会システムが構築されており、人は完全な知的

生命ロボットの状態になるだろう。権力者に管理される知的

生命ロボットが幸福になることは望めず、この世に生まれた

ことを悔いるような人生になるだろう。この様な破壊的エネ

ルギーは、時代を超え、国境を越えて地上の人間を支配する。

人の抱く想念が外来のモノだと説明した通り、この世は、

個々と集団と国家の織りなすカルマ圏であり、カルマから

逃れられる人は滅多にいない。というか、いないのだ。

何が諸悪の根源なのか?

この世の善悪論は、思考が生み出す道徳論であり、本当の悪を

罰することが出来ず、悪を消し去ることも出来ない。日本も

法治国家と言う言葉はあるものの、それは、国民を騙すための

表面的な標榜であり、権力者は検察や裁判官も警察、また報道

さえも支配下に置くので、自分たちが悪を為したとしても裁か

れることは免れる。盗みとか、税金を私物化し、殺人をしても、

である。これらのことさえ皆さんは信じないだろう。

むかし日浦を不当裁判に掛けた裁判官曰く「裁判所とは、正義を

行う場ではない」と言い切ったのだ。それを聞いた日浦の驚きは

いかなるものか。しかも何の罪もないと言うのに、日浦を被告人と

呼び、罰金刑を科した裁判官。しかも銀行に預けた2億のお金を

差し押さえ、その全額を没収した裁判官は、法に守られた盗人の

権力者の手先である。「裁判所とは、正義を行う場ではない」と

言い切った通り、裁判官自身、まさに違法の裁きを見せたのだ。

司法も権力者を守るためのもの。この世に正義と言う言葉はある

けれど、実際は無いに等しい。更には、日浦の口を封じるために

暗殺者を放ったのだ。このように法治国家とは、権力者を守る

ために悪用されている。そんな邪悪な彼らに殺されなかったのは、

不幸中の幸いと言うべきか。こんなこと皆さん信じないだろう?

だが事実なのだ。

国家犯罪の実例

なぜ日浦は、不当裁判に掛けられたのか?

それは、新潟県の長岡技術科学大学、そして、八戸工業大学に対し、

新発明の実証実験を委託した際、八戸工業大学は、当時の建設省

官僚、全ハウスメーカー、教育振興財団、青森県の建築課などと

組み、日浦の個人的データーを盗み、それを彼らが特許出願して、

日浦の実験棟を無断で破壊したのである。これらは、詐欺罪と

窃盗罪が適応される大きな事件であるから、八戸市の警察へ

被害届に行けば、「大学は無罪だ。お前は、二度と再び警察に

くるな!」そう言われたのであった。この時の驚きは描写する

言葉が無い。

法治国家を標榜する日本の警察署の刑事は、広域暴力団から

派遣されている組員なのか??という思いが湧いた。状況を

調べてゆくと、別の想念が湧いた。「警察官が暴力団に出向

しているのかも知れないな?」と。

それから、壮絶な戦いが展開されたが、それは、ハリウッドの

映画にすれば、大ヒットするであろうこと疑いない。だがその

経過内容は、誰も信じないだろう。なぜなら、信頼すべき国家、

ハウスメーカー、教育振興財団などが窃盗を働いていること、

しかも刺客を放つことなど、誰も信じないだろうと言うことだ。

その壮絶な戦いの後、「裁判所とは、正義を行う場ではない」

との宣言を持って、あの忌まわしい不当裁判に掛けられたのだ。

 

その当時は本当に腹が立った。はらわたが煮えくり返るほどに。

だが時が経つにつれて、権力構造の内面を深く調べることにより、

腹が立つことは無くなった。何となれば、いつの時代であろうと、

権力者の在りようは、そんなもんだと分かったからだ。だから

腹をを立てることさえ無駄なのだ。しかしなぜ、この世に巨悪が

在りえるのかと調べに調べてゆくと、根本原因に辿りつく。

そう、この世はマーヤなのだと。。。このころは、マーヤと言う

言葉を知らなかったが、その本質を見抜いてはいた。心の弱い者、

未成熟な者、過剰な欲望と恐怖に支配されているものが、権力を

志向するのだということを見抜いたのである。カバと煙は高い処を

目指すという心理。だからこの世は空しい世界だと知った。

この腐敗した世に生まれたこと自体が、不幸の原因だとも思った。

 

権力者と言えど、悪を為すとき、人の目に触れないよう行為する

ものだから、国民が巨悪の正体を見抜くことが出来ない。だから

彼らは陰に隠れてやりたい放題なのだ。知らぬは国民だ。

この世がマーヤ(まぼろし・幻影の世界)であることを人に

説明することは本当に難しい。だから、マーヤから脱出せよと

言うことさえ簡単なことではないのだ。

マーヤについてを別の言葉をもって説明するならば、思考と

感覚に囚われた現実と言う非現実の世界である。この世に生きて

いると言う人は、夢の中にいる人なのだと言う不可解な言葉の

意味を理解しなければならないが、それさえも難しい。

思考がマーヤの作り手だ。感覚は思考を生み出している。

人に生まれたなら、身体感覚を自分のモノと勘違いするのは、

無理もない。しかし、この感覚と思考を制御すれば、マーヤは

破られる。しかしながら、マーヤを打ち破るのは簡単ではない。

それでもなお、マーヤを打ち破らなければ、苦悩の連続する

転生輪廻を超えることが出来ないのだ。しかしながら人は、

何百万年も苦界を輪廻していると言う事実の記憶を失うから、

転生輪廻を超えようと言う思考さえ生まれない。

人の苦の原因、この世の苦は、人や政治によるものであるが、

その加害者と被害者に共通するものは、各自の思考と感覚だ。

人の思考と感覚を超越した存在を通常は聖者と呼んでいる。

この世の物質的な富、地位、名誉、権力は、奪い合いの葛藤が

あり、常に苦痛を伴い、破壊される宿命を内包している。

しかし聖者は、ウソの無い真実の人であり、本当の幸福を手中に

収めた人なのだ。彼等こそ、マーヤの世界からの影響から逃れ、

かつマーヤを支配する力を手中に収めた至高の存在である。

繰り返そう。この世は、人の感覚と思考とが作り出す幻なのだ。

これをマーヤともよぶ。だから富も権力も妄想だという意味を

持っモノなのだ。 

この世の在りようを冷静に観察すれば、真実が覆い隠されて、

ウソと権力の暴力とがまかり通る世界だと気づくのだ。だから

この世にがっかりし、うんざりする人は、まぼろしを打ち破る

可能性を持つのだろう。

付け加えておこう。この世にがっかりし、うんざりする人は、

決して敗者ではなく、断じて負け犬でもない。彼等こそは、

高い知性を持っている人である。何故なら、この世の幻性を

見抜くという力を持っているからである。高く昇り、やがて

消えて無くなる煙を見よ。この世の地位名誉権力は、まさに

消えゆく煙のよう。

馬鹿と煙は、高い処を目指す。。。

では、馬鹿ではない者、賢い者は、低い処を目指すのか?

いいや違う、それこそ馬鹿ではないか?

なるほど!では、何を目指せばいいのか?

何も望まず、何も信じず、何も目指すモノが無い時こそ、

それが最上の自由だと知る人は、マーヤを超えようとする

すでに最上の人である。

 

6月セミナー受付

次回の6月セミナーを実施します。
日時は27日(土曜)の11時に新宿駅
構内の
某所へ集合です。希望者は、
申し込んでください。

 

愚かな政府とそれの御用学者等による半強制的な

自粛要請が解除されてか、街に人の出も増えた様子。

あくまでも国民に対するお願いであるだろう「外出の

自粛をお願いします」という割には、閉店をしない

パチンコ店の名前を公開する都知事らの意識は、

何なんだろうね?本当は、一党独裁的ではないか?

「おい!お前たち。わたしの言うことを聞かないと

名前を公開するぞ!」という暴力性が見て取れる。

言葉の上では、日本国は民主主義だと言うけれど、

政治家は、二枚舌か?舌が二枚あるのは、お化け

ではないか?二枚舌がばれないようマスクをして

いる?まさかね(笑)

ところで、この度の外出自粛要請は、本当に必要な

措置だったのか?という疑問を持つ人たちも多くいた

のではないか。実のところ、都知事が外出自粛を打ち

出すよりも前に、実際の感染者数は、安全な数値に

あったのだという。それを国民に隠して、あえて外出

自粛を発令したことも勇気ある新聞記者たちの情報

漏洩によってバレている様子。

そうであるから、この度の外出自粛要請は、本当は、

不要な措置だった訳だ。というよりも、企業の倒産や

失業者を大量排出するだけの愚かな措置になったのだと

言うことが出来るだろう。その責任は極めて重いので、

誰も責任を取らない。このような休業補償も無くしての

外出自粛要請と言う半強要は、実に重い罪であるだろう。

アベノカビマスクも回収したり、作り直したりして、

まだ配布が終えていない様子。これらも税金と時間の

無駄使いではないか?また森友学園の問題、サクラを

見る会など、阿部への疑惑は大きい。

このような犯罪性がある現行の政治が、国民の皆さんを

幸福にするものでは無いと言うことをハッキリ認識しよう。

では、幸福実現党は、国民を幸福にし得る政党なのか?

信者から搾り取ったお金で、愛人を抱えたりする大川

バカボンの考え方が人を幸福にすることは無い。

だよね?

TVが報じない安倍内閣の最大の間違い
https://www.youtube.com/watch?v=o6PkAWG-iNw&feature=push-fr&attr_tag=LlgmMUu22jgwxKxI%3A6

 

以上のようなことは、誰が何を言っても愚痴になるし、

負け犬の遠吠えでしかないという現実。皆さんは、

この様なマーヤの世界にただ暮らすだけなら、負け犬の

遠吠えだ。それは、実に情けない姿であるだろう。

政治に関する愚痴や批判と言う遠吠えは、いつの時代も、

誰にでも生じるものだと知って、この世というマーヤの

影響を受けないところの至福の意識状態へ還ろう。

 

だだし、皆さん勘違いをしてはいけないよ。

かつて存在したアメリカの某カルト宗教に生じた様に、

みんなで仲良く集団自殺しようなどと言うのではない。

皆さんの身体は、このまま地上に於きながら、普通の

暮らしをしながら、マインドを浄化すれば、マインドを

至福のあの世に置くことが出来るのだ。そこは、永遠に

変化しない実在する至福の世界。そこが人の本性と呼ば

れる自由な魂が定住する唯一実在の世界。それを体現

するならば、マーヤの影響を受けなくて済むし、あの世の

超越的な力を持って、マーヤをも楽しむことが出来る。

皆さんは、身体に束縛されたため、不自由な魂で在り

続けている。しかし、身体から離れて見れば、誰もが

至高の自己を見出す。そのためのセミナーであり、

他では見られない。

セミナーへの参加資格、参加条件は、学歴も家柄も関係

無し。頭の良しあし、顔の良しあしも関係ない(笑)

瞑想やヨーガの知識、その体験も不要です。魂の解放を

望むことがセミナー参加の条件です。

 

覇権と言う野望

突如として現れた、新型コロナウイルス騒動により、

全世界は、様々な混乱を引き起こしている。

実は、そのように思わせる狂気の勢力が存在する。

以前に紹介したYoutube・馬淵大使の論説では、

いま世界は、三つ巴の第三次大戦が勃発している

のだという。それは、大国アメリカと中国と、

ロックフェラー系のフリーメーソン系の金融資本

覇権争いだという馬淵大使の分析は、かなり正確

ではあるが、更には、そのどさくさに紛れて、

漁夫の利を得ようとする別の勢力等が現れ、また

どさくさに紛れて、混乱に便乗する別勢力もある。

なぜなら予定外の「それ」が世界に興れば、また

予定外の「これ」と「それ」が世界に生ずるのは、

歴史を通して世の常なのだ。

中国の近代史においては、大量虐殺をした毛沢東が

いた。今の中国は、その延長線上にあると言っても

いいだろう。その思想は、悪魔崇拝主義に転じた

マルクスの資本論があり、資本の蓄積は、一党独裁を

生み出す。生きた人体から臓器を摘出し、それを売る

国家・医師たちがいたりして、国民をいとおしむと

言う考えはないことは明らかになった。しかも近代の

マネーとコンピューターその他を使い、大国アメリカ

をも支配下に置こうとしてきた中国共産党は、毛沢東の

為した狂気を超えている。世界制覇のために、全世界に

送り込まれたスパイの数は、数千万人に及び、あらゆる

国々の様々な分野に深く潜んでいる。日本やアメリカの

大学に留学する中国人学生のおよそ半分は、スパイ活動の

要員であることも明らかにされている。

意図されて興ったコロナ騒動に依り、阿部政権が親中派・

中国依りであることも国民は知りつつある。桜を見る会

などの疑惑に満ちた阿部の犯罪もまたコロナ騒動によって、

国民に暴かれることとなった。検察による阿部の起訴は、

正義を為し得るのか?阿部を擁護する裁判官も配置換

えされてはいるが、国民を地獄へ落とす犯罪者は、

放置されていいわけが無い。そして、国会は内閣府の

下部組織であるから、テレビで見る国会討論もまた

国民をたぶらかす演技的で在りえるという苦肉である。

 

皆さん、政治やコロナ騒動のニュースを見て、おかしいと

思わないのか?そのひとつは、世界各国が報じる感染者数と

死亡者の数は、膨大であるが、それがでっち上げの大ウソ

なのだと言うことを。例えば、芸能人の志村けんも死んでは

いないのだ。彼は大金を貰って、コロナウイルスの被害者と

言う演技をした役者なのだ。やってくれるねー。

外出自粛要請とは、感染の危険からでは無く、単に無知

無能である政策と言えるが、それが意図するのは売国奴に

よる経済の破壊工作なのだ。日本を外国へ売り渡すため。

そしてまた、おかしな光景は、世界のメディアが報じる

病院の集中治療室にカメラが入ることそれ自体、演出だと

気づかないのか?

新型コロナウイルスに感染した患者がいるだろう部屋に

第三者のテレビカメラが入ることはない。それらは大金を

貰って演出している演技なのだ。

話しを単純化すれば、世界に大きな恐怖を垂れ流しておき、

これから何が興るのかを見よう。

コロナウイルス騒動に依り、これから生じる経済危機は、

中小から大企業までが、安く買い叩かれるためである。

かつてのバブル経済破綻も、リーマンシックもそう言う

意図であったからだ。下手をすると、北海道は外国の所有

物になりかねないことは、皆さんも気づいているだろう。

そしてまた、莫大な富と権力を得たビルゲイツは、世界中に

大金をばらまいて、ワクチンを開発させており、その実用化

では、ワクチン販売の権利を持つに至る。さらには暗号化

された電子貨幣の特許を出している。それらは、やがて

世界中が使うことを義務化させるだろう。そのワクチンを

打てば、男女ともに不妊体質になるし、さらに数年先には

他の病気を発生させ、それを治すと言う薬もまた売りつけ

られるだろう。それを危惧してか、フランスの某団体では、

ビルゲイツを裁判に掛けると言うが、ビルゲイツマネーは、

陪審員も裁判官も買収してしまうだろう。

この世界は、そんなもんだ。いつの時代でも。。。

バチカンは、悪の巣窟であるイエズス会そのものであり、

キリストを利用した強大なマネーマフィアだということも

公開されている。陰険な邪悪を行っている彼らもどさくさに

紛れて、世界の覇権を目論んでいる。そのため宗教を束ねる

計画も進行中だ。そのため、他の派遣者とも一時的に手を

組むだろう。

中国の共産主義と世界の資本主義は、その言葉が異なれど、

その本質は、同じく覇権だ。つまり金と権力の獲得であり、

その行使である。これと同じく、社会主義、民主主義という

表面上の言葉に騙されてはならない。なぜなら日本国は、

共産主義国家ではないと誰もが言うだろうが、では、資本

主義か?民主主義か?社会主義なのか?と聞かれたらどう

答えるのか?共産党もいるんだよ。

独裁政治の野望

日本の国民が思うことと、今の安倍政権の違いは、いったい

どうなのか?ある国会討論の場において、うかつにも阿部は

本音を言い放った。それは、「私が国家です」と。

傲慢な奴だ!国民の誰が、この言葉を認めると言うのか?

この言葉は、国民が信じる日本の民主主義と異なる独裁制を

意味しているのだから、一党独裁を唱える中国共産党と同じ

思想であると言っていい。

つまりは、過去に資本論を打ち出したマルクスが標榜した

悪魔崇拝と似た独裁的国民支配の願望があるのではないか。

それが「私が国家だ」という言葉の意味だと言っていい。

国民を想う気が在るならば、「私が国家だ」などと言う

わけが無いのだ。こんな愚かな独裁者の飼い犬にならない

検察と裁判官の裁きを期待したい。そのためにも国民も

声をあげなければならない。こうした覇権による独裁的

政治思想のエネルギーは、太古からあり、時代を超えて

人類を支配している強大なカルマなのだ。

歴史の本質論

諸君、世界の、そして、日本の歴史を学んで、いったい何を

知ったのか?過去に登場した人物、歴史に現れた出来事は、

さほど重要ではないのだ。

学ぶべきは、文明が進めば進むほど、人類の暮らしの利便性は

向上するけれど、人は不自由になるのだということを。

それは、この世には、他者支配・覇権・独裁というカルマエネ

ルギーが流れており、時代と共に、より強大な蓄積になってゆく

のであり、そのカルマに支配された者の支配下に生まれたなら、

人類の幸福は剥脱されるという現実を知ろう。

歴史は、時間と空間の集積場であり、時間は、思考や想念の

うごめきで在り、この空間は、それらの映像が投影される場で

あり、この世なのだ。それゆえ歴史の人物や出来事を信じる

限り、人体に束縛された魂の目覚めは期待できない。

もし人が想念を排除するなら、その人は歴史の全過程を観る

ことだろう。そして、今でさえ自分は、この世に生まれては

いないことを知り、この世の被害からも無関係になる。

もう一つ知るべきことは、他者のカルマから影響を受けない

境地があると言うことを。つまり人類の歴史というカルマを

遮断すれば、それは出来るのだから、独裁者たちの作りだす

恐怖政治の監獄から、解放された生き方が出来ることを。

これを知ることが、歴史を学ぶことの意味である。

この世は監獄

この世は、地球そのものは、広大な広がりを持つ牢獄だと

以前に述べた通りである。すなわちこの地上に住む人類は、

みなカルマとこの世の仕組みに縛られた囚人なのだと言って

いい。そのようなカルマゆえの監獄の中で、囚人それぞれの

様々な役割があり、各自が演技をする。わたしは政治家だ、

宗教家だ、科学者だ、ラーメン屋のおっちゃんだ、わたしゃ

キャバ嬢よ、おれ詐欺師だ、などがある。そんな彼ら彼女の

誰もが、最後に死刑執行になるのだということ。

つまりカルマを背負ったまま、ついに肉体死を迎え、抱えた

カルマゆえに来世もまた生まれる。そのようなカルマゆえの

輪廻を何百万年も繰り返し、それでもまだ懲りずに輪廻を

繰り返すところの身体を持つ魂達。。。

それは、他でもない諸君のことだよ。

政治が悪い、世界のだれ誰が悪い、ということは誰にも

出来るが、それは、遠吠えでしかない。ウォーン~

負け犬の遠吠えは、なんの意味もない。ただ、この世と言う

夢から覚めればいいのだ。

「いいえ、わたしは今でも、幸せを夢見る乙女です。」

そうか、、、(笑)

 

必見
小池都知事の暴走が引き起こす
最悪のシナリオ 奴の本当の狙いがヤバい
https://www.youtube.com/watch?v=F0sS-TfAOhM
必見
裏でトンデモない隠蔽 小池都知事が
無能すぎる理由
https://www.youtube.com/watch?v=feKi5C3O5p4

小池の悲劇再び…
東京都の皆さん覚悟して下さい

https://www.youtube.com/watch?v=E-NsHt0klO4

裸のサイババ

記事「癌が消えた」に登場する治療師さんからの

メールを紹介します。

 

おはようございます。

東北の地にてのブログ記事ありがとうございました。

即日、斎藤一人さん(高橋信次を宣伝する人)の本、

CD、DVD50冊以上破棄しました。まるかん取り

扱い店もやめる予定です。

取り扱い店が行うボランティア気功 (三位一体開運

気功) 神に祈る気功でも、一瞬で筋肉がゆるむので

騙されてました。新護符シ-ルを2セット購入していた

だいた方は、近くの取り扱い店の人にやっていただいて

いたそうですが、その人は、時々体調をくずして気功を

やってもらえない日がよくあったそうです。私もセミナー

受講前にブログを見てからは、やっていません。

私の目が外側を観ていた時、沢山の能力者たちを見て

きましたが、ほぼ全員が体調をくずしていました。

凄い事(病気を治す等々)が出来ても、偽物は必ず矛盾が

出てきます。紫蓮先生の事でも、そんな人は何かが憑依

してるのでは?と言う人もいます。

その度に自分自身が本物のヒーラにならなければ、何を

言っても絵に書いた餅状態です。

日浦先生、我々受講生も含め、どうかよろしくお願い

申し上げます。

日 浦

メール有り難う。歴史の流れに無かった解放の光り、

大いなる浄化の光りがいまや地球を取り巻いていて、

日浦のセミナーを受講した人達は、その恩恵を強く

受けているのです。例え日浦のもとを離れたとしても、

その誰をも見放すことは有りません。だから受講した

人達は、その力を信じ、安心したらいいのです。

斎藤一人の言説は

以前に記事化し、削除したこと。それは、Youtubeの

中で、「心を空っぽにすると、タヌキやキツネが憑依

する」という笑えるが、腹立たしいウソ動画があった。

それは、斎藤一人の動画であり、彼は高橋信次の宣伝

マンである。受講生の中にも、彼の講演を聞いた人が

何人かいたので、「彼は、どうだった?」と聞けば、

「なかなか面白い話しでした」と言った。「いや話の

内容ではなく、彼を観て何を知ったのか?」と聞けば、

誰も答えが無かった。重要なのは話の内容ではなく、

人物評価が肝心なのだ。ウソを流布する人なのか、

それとも真実のみを語る人なのか、という外観には

現れない内面が大事なのだ。

 

今日のスピリチュアルの源流は、古代に遡り、とりわけ

インドのヴェーダンタ哲学が現れの最初と言っていい。

つまり人が、人の本性に立ち返るには、「心の消滅」が

必須であること。それを言い換えるならば、心を真空に

すること、つまり心を空っぽにすればいいということだ。

それはまた、思考を消し去ることを意味する。つまり、

心を真空にした瞬間、人は解脱を遂げる。つまりマーヤの

世界から解放されるのだ。

タヌキやキツネが人に憑依することは、稀にあるけれど、

それは、「心を空っぽにしたから」ではなくて、「心が

不浄な欲望や穢れた想いに満たされている」からこそ、

憑依が生じるのである。空っぽの心、真空の心には何で

あれ、憑依することは出来ない。それゆえ信次や斎藤の

言説は、大きなウソがあり、真理と真逆なことを教えて

いるから、「話が面白かった」などと言ってはならない。

彼は、「魂は進化する」という大きなウソを語る。

そして、天(神)に選ばれる人などと荒唐無稽なウソを

語り、存在しない守護霊を存在すると語るのは、大きな

ウソの流布である。斎藤一人のいう守護霊は、信次の

いう守護霊と同じであり、それは、信次派の阿修羅を

呼び込むのであるから恐ろしいのだ。

斎藤一人と言う人物を知らずとも、彼が宣伝する信次が

どういう人物であったのか、信次のそばにいた日浦は、

信次の素性をブログに幾つか明かした。記事「下落する

黄金球」を読んで見よ。

そこには、信次たちの驚くべき素顔が露わになっている。

これを知ったなら、信次を営業する人達をもキッパリと

避けるのが賢明だと分かるだろう。

ところで、あの、タヌキやキツネが憑依するという笑える

動画は、もう削除したのかな?彼は。。。

 

>凄い事(病気を治す等々)が出来ても、偽物は必ず矛盾が

>出てきます。

その通り。信次も時々は霊力を見せたけれど、その力は

邪悪な不純なエネルギーであった。信次最後の講演会で

信次が語ったこと「あと5年は生きます」宣言のわずか

三か月後、信次は悪性腫瘍(癌)により、狂い死にした

のである。その遺体を見舞った際、肉体の中に閉じ込め

られた信次と会話したが、信次は某霊団に支配されていた

ことを語っていた。だがその名前までは明かさなかった。

だから信次を崇拝したり、信次を宣伝する人もまた信次を

突き動かした不浄なエネルギー(主に阿修羅)に同通し、

その不浄なエネルギーを使っているのだから、おかしく

なるのも何ら不思議はない。

皆さん、阿修羅といい、悪魔と言うも奇跡的な力を発揮

することを知っておくように。そして、病気を治したり、

奇跡的現象を見せる人がいたなら、凄い!本物だ!などと

勘違いしてはいけない。では、どう見ればいいのか?

その現象は、真我の力か、それとも不浄なエネルギーが

現れているのか、その人はウソが無いか、真実を語るか、

金銭や異性に対し、だらし無くはないか?名誉欲は無いか、

謙虚であるか、それらを見抜くことが最も重要なのだ。

サイババ

むかし、ぼさぼさ髪に、ひばりが巣をつくるかのような

ヘアースタイルのサイババが世間を騒がしていたが、

彼の顔写真を観て、彼は悪魔だと日浦は知った。

それから数十年後?「裸のサイババ」という本が現れた

そうだ。その書籍に依れば、サイババ自身、サイババ学校

の生徒たちを沢山犯していたことや、ゲイであったこと

などが暴露され、テレビ放映されたようだ。サイババは、

裁判に掛けられ、挙句の果て、なんとキリスト教の教会へ

行き、そこで懺悔したのだから呆れ返る。

神の化身であるならば、生徒を犯すことは絶対に無い。

皆さんもそう思うだろう。

つまり、サイババも悪魔のエルギーを使って、サイババを

信じた世界中の人びとを騙したのである。そうであるから

こそ、いつも言う様に神を信じることは本当の信仰心では

なく、多くは無知ゆえである。さわらぬ神に祟りなし。

日浦が霊的力、超能力を重視しない理由はそこに在る。

 

>紫蓮先生の事でも、そんな人は何かが憑依してるのでは?

>と言う人もいます。

そう言う人は、いるだろうね。信次派の人曰く「信次先生を

批判する日浦は悪魔だ」というのだから(笑) 事実は逆なのだ。

100歩譲り、何かに憑依されているのでは?の疑問に答える

なら「そうだ。憑依されている」と言おう。それは、神々を

超越した至高なる超純粋意識・超純粋な慈悲そのものに憑依

されているのだ。その真実が観えないのか?ドド・ドめくら

君たちよ。と。。。⇦ 言い過ぎだね

 

>その度に自分自身が本物のヒーラにならなければ、何を

>言っても絵に書いた餅状態です。

その通り。それが重要な気づきなのだ。あらゆる局面に於ける

真実を観通す力、その霊眼を持てば、騙されることは無くなる。

繰り返そう。皆さんは、いまでさえ唯一の実在にいる。だから

今でも、この世に生まれてはいないのだ。そして、今でさえも

真のヒーラとしての力を持ち続けている。しかし、その至高の

自らを殺しているものがいるのだ。だから、ただただ、自らを

殺すものを排除せよ。

至高の自ら(皆さん自身)を殺す者とは、いったい何か?

これを景品付きのクイズにしたらいいのか?景品は、なにが

いいのだろう?

 

>取り扱い店が行うボランティア気功 (三位一体開運気功)

>神に祈る気功でも、一瞬で筋肉がゆるむので騙されて

>ました。

 

信次を宣伝するような彼らが祈る神は、ただ単に言葉であり、

その実、阿修羅であるだろう。だから力はあるかも知れないが、

ほぼ全員が体調をくずしてしまう理由だ。ボランティア気功は、

なぜ無料かを考えよう。それが、阿修羅の普及活動だと言って

過言ではない。つまり阿修羅という多くの仲間を作るための

活動がボランティアだから、関わらないほうがいい。

 

受講生のAAAさんの友人は、子供の頃から高い透視能力を持って

いるので、AAAさんが彼に信次を透視するよう頼んだら、その

友人は、「信次は阿修羅だ、阿修羅界にいる」と言ったそうだが、

彼の透視力は正しい。こうした実態からも、信次を宣伝する人達を

信じる時、信次を支配した負のエネルギーと同調してしまう。

これと同じく、巷のヒーリングはどれもが、不浄なエネルギーに

繋がっているのであるから、ヒーリングは危険だと言うのである。

シータヒーリングのダイアナ女史は、悪魔的なモノに憑りつかれて

いると受講生にも教えた。ある時、何気なく、ダイアナの顔写真を

見た受講生は、「ダイアナは悪魔だ」と知ったと言う。そしてなぜ

最初から気づかなかったのか?と思ったそうだ。それゆえ皆さんの

知覚が鋭く正確になれば、真実とウソ、阿修羅を見抜くことが容易に

出来るのだ。

そのために神とか宗教だとか、スピリチュアルから離れて、知覚を

獲得することが、諸般の根本的な解決策だと知ることだ。

知覚は思考ではなく、記憶でもマインドでもない。憶測や推論でも

なく、霊能力や超能力でもない。もちろん阿修羅のようなの邪悪な

エネルギーでもない。

では、どのようにすれば、知覚を獲得できるのか?と言うならば、

実体の知れない神を信じることや、何であれ宗教を信じることは、

或いは、この世界や人を信じることそれ自体が、知覚を破壊する

行為なのだ。これを知覚の間違いとも言う。そうであるからこそ、

この世界を実在だと観ているあなたは、至高の自らを自ら殺して

生きているのだ。この意味が分かるだろうか? 

4月23日の記事「解放の秘儀公開」を見よ。どのようにして、

知覚を得るのか、それが書いてある。

 

東北の地にて

過去には、日浦のセミナーを何度も受講した
けれど、とても辛くて悲しい体験があって、
心を乱したので、日浦のもとを去った人からの
メールです。

日浦先生 こんばんは。
夜分遅くに失礼いたします。お忙しいところ
恐れ入りますが、報告させて頂きます。

二週間程、食べる断食をしておりました。
でも、受講生さんの断食のブログを拝見して
ましたら、私もやってみようと思い、今日で
8日目になります。立ちくらみ、胃もたれ、
だるさはあります。呼吸法をしていますが、
変化はありません。体重は数日前に測ったら
5、6㎏瘦せていました。肌の艶もよいです。

先生のブログを拝見すると、二日目までは
働いてもよいという事でしたが、断食中は
短時間の時もあるのですが働いていました。

このまま、働きながら続けていこうと思い
ますが、断食瞑想は自己流になっていますが、
もし気を付ける点があれば、教えて頂きたいと
思います。

前に頂いた真鍮のペンダントを接着剤で付け
ましたら、また剝がれまして、申し訳あり
ませんが、それから付けておりません。

断食中は、前の護符シールを体に付けて、
以前頂いたラーラの刻印入りの指輪と星型の
アクセサリーをネックレスにして身に着けて
おります。

8日目の断食は、私にとって、奇跡です。
先生と紫連先生の恩寵だと信じております。
心から感謝しております。

日 浦
こんばんは
断食もチャレンジしたんだね。
>気を付ける点があれば、教えて頂きたいと
>思います。
自分の想念、思考を信じないことだ。大丈夫だ。
いまのまま進めばいい。

剥がれた真鍮製のペンダント、新型の新品と交換
してあげるから、いま現在の住所と郵便番号とを
教えなさい。そこへ郵送する。

日浦のセミナーに参加するという決意によって、
斎藤一人さん(高橋信次を宣伝する人)の特約店
だった旦那は、信次批判する日浦のブログを見た
ので、日浦は悪魔だと言い、セミナーに行くなと
言った。その反対を押し切って君はセミナーに来た。
そのことが離婚騒動に発展したけれど、それでも
また何度かセミナーに通ってきた君よ。ついには
子供の親権を奪われて、家を追い出されたという
とても辛い過去を持つ君よ。出来る事ならば僕が
君の身代わりになってあげたいと思ったものだ。
だがセミナーに何度も通ったからこそ、「大丈夫、
あなたを見捨てません!」と励ました、有り難い
お言葉をかけてくださった紫蓮さんを覚えている
だろうか?あの言葉を忘れていただろう。
それゆえ君は長いあいだ、辛さゆえの自殺を思い
とどまってなおも潰れてしまっていた。もう再起
できないだろうという生きる屍の様でもあった。
しかしながら恩寵が注がれていたので、苦闘しなが
らもこっそりと、このブログを読んでいた。黙って
ブログを読むことが気になって、ついつい日浦へ
メールをよこしたのも恩寵だ。
よく耐え、よく帰って来たね。
もう少し待ってくれ。君も解放してあげるから。
解放されたなら、子供たちの魂と触れ合うことが
いつでも出来るのだ。離婚しても決して子供達と
分別していなかったと知るだろう。そしてまた、
日浦と同等のヒーリングも自在になるだろう。
それは、世間の他者を助けて、自分の生計にも
役立つだろう。真のヒーラーになりたいという
君の最初の想いは、君自身の意思と、日浦に
よって叶えられるのだ。
今までに日浦に叱られた人、また、日浦を離れた
受講生たち、そして、二度三度と破門された人で
さえも許されて、ラーラのブログを綴っていると
いう現実は、受講した人の誰をも見捨てないと言う
日浦と紫蓮さんの熱い想いを忘れないで欲しい。
 
こんばんは。
今日、先生のブログを拝見しました。
読み進める中、感動の涙であふれ出ていました。
先生のメールに返信出来なかった日から、数年が立ち、
先生のブログさえも拝見出来ない程でした。今思うと、
マーヤを彷徨う、ゴールの見えない道をただただ歩いて
いました。本当に苦しかったです。度々、妹さんが
心配して、何度も何度も電話を下さり、やっと最近、
先生にメールすることができたのは、妹さんのお陰げ
でもあります。
紫連先生とは、たった一度だけ、お会いさせて頂き
ましたが、こんな私に有難いお言葉をかけて下さった
のも奇跡です。この度の日浦先生のありがたい言葉も
私にとって奇跡です。叱ることなく暖かく迎えてくだ
さったこと、感動の涙と共に引き締まる思いです。
いつか、解放され、真のヒーラーになった時、先生と
紫連先生の熱い想いと共に、他の魂たちの解放のお役に
立てればと思います。心から感謝申し上げます。
 
おはよう
いま流行の新型コロナではなくて、新型護符ペンダント、
そしてまた新型護符シールも送る。それは、苦難に耐え、
戻って来たことへのささやかなご褒美だ。
それから記事「解放の秘儀公開-1」に示した呼吸制御を
やってごらん。体調もマインドも穏やかになるだろう。
 
離婚を通して知るべき真実
この人は、セミナーに来たから離婚されtのではなく、
既に家庭崩壊へのひびが入っていたので、たまたま
日浦のセミナーがきっかけになっただけなのだ。
日浦もまた過去には、そういう人を何人も見てきた。
この日浦自身が40歳の時、離婚を体験したが、離婚した
妻は幼い子供たちを置いて、自分から出て行ったのだ。
それも先が見えないほどの大雪が降るその日に。。。
果たして別れた妻は、子供への愛情が無い人なのか、
冷酷な薄情者だったのか?
なんの相談も無く、幼い子供を残して出て行ったことは、
かなりショックであったけれど、なぜ、可愛い子供たちを
置いて出て行ったのか?を思うとき、別れた妻の気持ちが
理解できたのだ。別れた妻の想いは、娘たちは、父親に
よくなついていたし、父親には、子育ての財があったから
母親が連れてゆくよりも、残した方が幸せになるという
断腸の思いであったのだ。
「自分の子供を父親に奪われた」という思いは、正当な
妻の想いではなく、偽りなのだ。なぜなら、自分の身体が
自分のものでないように、子供の身体もまた母親のものでは
無いということを人は知らないから。
この理を知らなくとも、もし、本当に愛があるならば、
子供を奪われた、という思いは生じないものだ。現代に
おいて、この話しが参考になるかどうなのか。。。
時代劇の中で、子供を他人に奪われたと主張する母親が
いて、一方では、私の子供だと主張する女がいて両者は
奉行所にて、遠山金さんの裁きがあった。もし自分の子だ
と言うなら、それぞれが手を引っ張り、子供を奪い取れと
言う乱暴な奉行。両方の女から手を引っ張られる幼子は、
痛さゆえに泣き叫ぶ。本物の母親は、子を思うゆえに手を
離す。奉行は、手を離した方が母親だと認める。
現代は、こうした裁きは見られないが、離婚の裁判では
起こり得るのだ。骨肉の争いが。。。
「自分の子供を父親に奪われた」という思いは、子供が
自分の物だという物欲的な欲望ではないだろうか?
もし、物欲的な想いであれば、そこには愛が無いだろう。
子供の幸福を第一に思うなら、子供の成長に必要な経済的
環境も考慮しなければならないことが裁判の決め手である。
親はなくても、子は育つという古来からの教えもある。
子供を奪われたという女性の殆どは、感情的思考になって
いて、その実、子育てのわずらわしさから解放されたという
安楽な側面もあるのだが、それを始めは見落とすのだ。
このことに気づくなら、誰であれ離婚の悲しみは生じない。
わずらわしい家庭生活や子育てから、解放されるケースは、
希少価値でもあり得るだろう。
どうあれ、この世界は幻であるから、残酷とも想える現象も
生じるものだ。彼女が離婚を体験した時、こうした話を何度か
したけれど、ただただ深い悲しみが支配する心に浸透しなかった
かも知れない。しかし何であれ、苦悩することが無駄であったと
気づいたいまなら、真のヒーラになるための自由が与えられて
いたと理解できるのではないか。
だからと言って、誰にも離婚を推奨してはいないが。。。
 
返信メール
ブログの追加記事を拝見させて頂きました。
ありがとうございます。ラーラ沖縄様のブログ「想念の
断捨離」記事がきっかけで先月から、不要な物を処分して
いました。昨日、片付けをしてましたら、荷物を実家に
送った際、次女がこっそり入れたと思われる手紙が入って
いまして、読んだ途端、大泣きしてしまいました。
寂しい等とは書いておらず、私をいたわる言葉で書いて
くれた事に、今思うと、母親がなくとも、強く育っている
のだと感じました。

先生は、離婚の件で、個人相談に何度か私に有難い言葉を
掛けて頂いたにもかかわらず、本当の理解まで行かず、
大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。
昨日の出来事に気付いて下さり、またブログ記事を書いて
下さり、感謝申し上げます。やっと、先生のブログ記事で
吹っ切れた感じがします。

瞑想中、想念が現れますが、根気よく、修練します。 
断食の方ですが、13日目の朝、眩暈なのか倒れて
しまいましたが、ケガもなく過ごす事ができました。
今日で16日目です。今日、体重を測りましたら、
さらに約5㎏減っておりまして、トータル約10㎏
減りました。ふらつき、胃もたれの方はありますが、
ここまでやってこれたのは、日浦先生、紫連先生の
おかげです。心から感謝申し上げます。 昨日から
気になって、ポストを見たのですが、まだ新型護符
ペンダントと符シールが届いていないです。
今日は、心からありがとうございます。

 

おはよう

断食は、そろそろ終えていいだろう。注意することは、
ゆるいおかゆから食べ初めて、普通食に戻るのは、
3日くらいかけるといい。普通食に戻る時、日に3食
だったならば、それを2食に減じるか、食べる量を少し
減らすかしてみたらいい。

ペンダントを入れた封書を上記に送った。封書の
裏には、日浦裕次と書いて、住所は書かなかった。
宛先があっていれば、届くのではないかな。。。
もし宛先が間違っていれば、日浦のところへは戻って
こないだろう。

 

おはようございます。
メール、ありがとうございます。先生の仰る通り、
時期をみて、終わりにしたいと思います。
「東北の地にて」のブログ記事を何度も読み返す度、
感動の涙があふれ出てきます。先生のブログは、
すばらしいです。こうして、先生のブログが読める
事も奇跡です。心から感謝申し上げます。
ペンダントの件ですが、住所は合っているので、
必ず届きますね!

 断食18日目

おはようございます。昨日の7日にて、18日間の
断食を終了させて頂きました。倒れてしまった事
以外は、何事もなく過ごせた事は、奇跡でした。
先生、紫連先生、お見守り下さいましてありがとう
ございました。お二人の先生の下での、貴重な経験を
させて頂き、心から感謝申し上げます。

一度だけお会いさせて頂いた、お着物姿のすっぴんで
おきれいな紫連先生の、お肌の艶の良さを体感できた
のも貴重な経験でした。ありがとうございます。

今日、体重を測ったら、さらに1㎏減って、トータル
11㎏減量になります。ご褒美の新型護符ペンダント
(とてもお気に入りです)と新型護符シール(素敵です)
ありがとうございます!!!

日 浦

痛ましいほどの離婚の辛さゆえ、再起不能と言える
状態に陥りながら、その弱き心を制御して、いまや
強くなったではないか。僕たちは、ずっと君たちを
見守りながら、光りを与えてきたのだ。

よく頑張ったね。

断食を通して、弱き自分を制御したことにも自信を
持とう。ゴールを忘れることなく、いまのまま進め。

 終り

15日間の断食終了

先生、いつもお忙しい中ありがとうございます。
今日、断食瞑想16日目…夕食からお粥を食べます。
断食瞑想終了です。もう少し続けられそうなの
ですが(笑)

14日目の朝、目眩、吐き気、血の気が引く感じ、
気だるさ、ヤバイかも…起きられないと言う状態で、
取りあえず瞑想すればと思い始めたのですが、
座っているのも辛く、又横になってしまいました。
でも「この体は私じゃない!こんな体いらない!
負けない!」と気合いを入れて瞑想をしました。
暫くして、護符ペンダントの辺りから暖かい先生の
エネルギーが広がって、体がポカポカになり、体が
凄く楽になりました!
先生のお力、無限のエネルギーの力って本当に凄い
なぁと改めて感じました。恩寵ありがとうございます。

断食を行ってみて、マインドの制御が早く楽に行う
事が出来る様になったと思います。動揺する事も少なく
なりました。体の変化は、体重がかなり減り、目指して
いた体重になりました。
また肌がきれいになりました。退院後、急激に痩せたり
入院ストレス等で皮膚の水分が無くなり、ショボショボ、
粉がふくカサカサ肌で痒みも酷かったのですが、この
断食で粉ふきがなくなり、痒みがなくなり、健康的に
痩せた感じで 驚いています。15日間以上も食べないで
動い居られる!凄いですね。
先生以外の教えでは、死亡している方もいるとの事。
本当に、先生のご指導が無ければ続けられないと思います!

断食瞑想は終了ですが、引き続き、気合いと根性と
忍耐で、マーヤ・マインドに負ける事なく、真剣ですが
楽しみなから精進して行きます!
今回の断食くじ引き、知覚ならずでしたが…変化が
有ったと言う事で「当たり」ですよね?!
応援してくださった方々が居て、心強かったです。
ありがとうございます。本当に先生、お忙しい中、
お時間を取って下さり、ご指導見守り、ありがとう
ございました!

日 浦
16日目の断食、頑張ったね。ご苦労さん。
たかが おかゆだけれど、美味しいだろう?
これも記事にして、コメントしよう。

>知覚ならずでしたが…変化が有ったと言う事
「当たり」ですよね?!
もちろん大当たりだ。なんとなれば、断食自体が
目的ではなく、下記のように心の制御が目的なの
だから。
>「この体は私じゃない!こんな体いらない!
>負けない!」と気合いを入れて瞑想をしました。
いいね~!男勝りの気合が入っているな。
あのような極限的な状況において、入れた気合いが
心の制御を為したと言うことだ。だからこそ護符
ペンダントのエネルギーを知覚し、それが身体の
不調を制御したと言うことを知覚した。そして、
>「マインドの制御が早く楽に行う事が出来る様に
>なった、動揺する事も少なくなりました。」
これが断食瞑想の大きな成果なのだ。

断食をして死亡したというのは、書籍の「食べない
人達」のなかで、不食のセミナーをやったおばさんが
いて、他者に断食を勧めたのだが、その受講生の7名
ほどが死亡している。不食のメカニズムを知らない
まま適当なことを教えたからだ。彼女に悪意があった
訳ではないが。。。こうした死亡事故もある中で、
無事15日間の断食が出来て、色んな好転現象も生じ
たのは、素晴らしいことだ。
ところで、これから先、ブログを立てて、「驚異の
美肌獲得セミナー」をやったらどうか?(笑)
宣伝につられてやって来た受講生には、「とにかく
15日間断食をしなさい」と言えば、みなさん逃げて
帰るかも(笑)それは冗談として、君は、断食瞑想の
仕方を、人に教えることが出来て、受講生の事故は
起こらないだろう。このことの納得できる説明が
必要か?もう一度言おう。つまり、心を制御したから
こそ、護符ペンダントが放つ日浦のエネルギーを
知覚したのだ。そしてまた、それが自分の身体を
癒したことも知覚した。
断食は、取り組みが適切ならば、感覚が浄化されて
知覚が生じやすい。だから知覚が始まったのだ。
ラージャヨーガでは、断食を戒めているが、あれは
あれだ。
ご褒美に、月曜は、また天然石を買いに行こう。
沖縄カップルの分まで、楽しんでくるからね(笑)
返 信
お疲れ様です。お忙しい中、記事にして下さり、
コメントしてくださり、ありがとうございます。
いつも先生の優しいお言葉に胸がいっぱいになり
ます。断食やって良かったです。少し自信もついた
かな?と思います。梅お粥とても美味しかったです!
お味噌汁も飲みました。凄く美味しかったです!
胃の痛みも無く、もう普通に食事が出来るんじゃ
ないかと思いました。ビックリです。食後、体の
細胞と言うか、血流?が全身を凄い速さで走る
感じで、自分だけ地震がきてる感覚でした。
お腹の辺りが癒されている感覚もあり、不思議な
体験をしました。恩寵ありがとうございます!
明日は何時待ち合わせで お願いできますか?
 

解放の秘儀公開

2020年4月23日現在、このブログのアクセス数は
42万を超えた。数が多いか、少ないか。

このブログに初めてやって来た読者の多くは、
大きな驚きと共に戸惑いを感じた事だろう。
世間の常識と違う論説に対して。。。

しかし、記事内容の驚きをかき消すかのような
恐怖が世界に立ち現れているが、これから先は、
もっと暗いニュースが意図的に流されるだろう。

そうであるからこそ、この度は、新型コロナウイ
ルス騒動が世界にもたらす様々な不安・恐怖から
解放されるための解放の秘儀、いわば瞑想の仕方を
公開しよう。
それは、有料セミナーにおける内容の一部であり
ながら、セミナーの根幹をなすところの解放への
真実の知識である。その知識は、世間に明らかに
されていないものだ。しかしながらセミナーを
受講していない読者に対しては、これから説明
する教えが浸透しにくい面もあることを踏まえ
ながら、幾つか秘儀とされる知識を公開しよう。

公開のまえに先立って、過去記事「心の正体」を
もういちど読んでおこう。それからまた読者に
少し問いを発するが、それに答えられた人だけが、
解放の秘儀が教えることを理解できるのである。


( 読者への問い )
問い-1 あなたは誰か? あなたは、いったい何者か?
    これの答えを言語化せよ。

問い-2 あなたは、自己の本性である、あなた自身を
    殺して生きていることをこのブログで知った。
    それを自覚しているのか?本性の あなた自身を
    殺すものは、一体 何か?
    これの答えを言語化せよ。

問い-3 あなたは、あなたを殺すものについて、なぜ
    それを野放しにしているのか?
    これの答えを言語化せよ。  

問い-4 この世の総て(政治・経済・教育・富と権力・
    仕事・趣味・快楽の追及など)は、あなたを
    助けるものでもなく、解放するものではなく、
    あなた自身をそれらに束縛し、自己の本性を
    封殺し続けるものだと認識しているだろうか? 
    この問いは、問い-1から問い-3に起因する。   

問い-5 あなたは、この第三次世界大戦のどさくさに
    巻き込まれて不運な死を余儀なくされる悲劇を
    受け入れるのか?まさかね。それとも不死なる
    至高の自己を体現する意思はあるのか?これに
    対する自分の思いを判定せよ。

問い-6 解放への道、秘儀は、このブログでも既に公開
    されている。それを幾つか文書化してみよ。

(解放の道具)
自分の身体と心 瞑想する部屋 公開した解放の秘儀

(解放の秘儀)

必須:心の浄化
なんであれ「欲する」というそのことが、本性の自己
実現への唯一の障害である。ぎゅっと握った拳をパッと
離してみるだけで良いのです。そこには、既に自己が
在り続けていたことを知るでしょう。」紫蓮さん。
この教えは、何の修行も要らないことを示している。
そしてまた、自己実現に必要な時間や年数も不要だと
言うことを示している。

この世における諸々の体験と、習得した知識により、
人の心は不浄になる。例えば書籍を多く読むことも、
偽り情報の蓄積ゆえに心が不浄になる。また地位や
名誉、富や権力を欲するとき、心は他者に対する支配
欲求や破壊的な性質を帯びて不浄になる。生きるために
様々な欲望が生まれ、それを得ようと欲することが、
心を汚すことになっている。すべての対象に関する
不浄な考え方から離れて、様々な不純な想いの排除に
よって、心は大きく浄化される。浄化されて純粋に
なった心は、超越意識へ飛翔するので、感覚器官を
通さずに、物事を直接知覚することが出来るから、
無私・無欲・無想の状態にある魂と同一化する。
これすなわちゴールへ到達する。
ゆえに、自分の意思の力によって、心を浄化せよ。
心を浄化しようとする意志と行為は、既に魂のもので
ある。参考書として紹介した「ラージャヨーガ」本の
中には、プラナーヤーマによって清められた心は、
ブラフマンに定住する。そうだからプラナーヤーマが
提唱されるのだと書いてあるが、プラナーヤーマを為し
遂げる人は稀だ。
言葉を変えよう。自らの意志によって、心の不純性を
破壊し、清められた心は、ブラフマン即ち、唯一実在の
自己に定住するということだ。
以上の秘儀公開において、本性の自己実現において、
何かの修行が必要なのか?いいや何も修行は要らない。
そして、世間が言う様な諸々の悟りのテクニックとは、
まやかしであると認識しなければんらない。

必須:心の観察

2019-11-08記事「宝の知覚」を参照のこと。また想念の
消滅については、「如何なる想念も捕らえてはならない。
そしてまた如何なる想念も捕らえるなという想念さえも
捕らえてはならない」これは記事「下落する黄金球」を
参照のこと。
人はみな、様々な想いを抱き、そして、雑多な想念を
含む思考や感情と言う心と自己同一化していることを
知り、自分と思考とを分離せよ。それが如何なる想念も
捕らえてはならないという事の意味である。この分離が
為された時、感情や思考は、なんであれ、あなたを束縛
しない。感覚と思考から分離された心は、汚染から逃れて
浄化されて、無私・無欲・無想の魂に立ち返る。
心の観察と心の浄化は、道を歩く時、家事をするとき、
或いはまた、瞑想状態において、誰でも実践ができる。
だから自分の心を観察することにおいて、何かの神に
祈ることは要らないし、何かの宗教をやる必要性も無い。
神や宗教を思考する時、或いはまた、仙道とか密教など、
その他の行法を行うとき、あなたは、それらの思考に
束縛されたままなのだと知ろう。何かに束縛された心の
状態では、解放へ至ることは期待できない。思考する
対象がある限り、本性の自己を見出すことが出来ない
だろう。
心の没入:この没入と言う言葉の意味は、一瞬にして
思考と感覚とを飛び越えるという意思の力であり、
それは身体から抜け出して、心は超越意識の世界へ
飛翔することである。それを想い、また考えよ。

( 3つのレッスン)
心の浄化・心の観察・心の没入を達成するための
3つのレッスンとは、ゴールへのジャンプ台に立つ
ことを容易にする修練であり、大げさな表現では
修行と言う言葉になるだろう。しかしながら、
実践的な修行は、中学生でも成し遂げれられる
易しいレッスンである。

レッスン 1:序文
このテキストは、日浦のセミナーを受講した人と家族、
これから受講する人を対象とする資料です。ラーラ・
ジャパンが教えることは、人に本性があるということ。
その本性を知覚するには、心(思考・想念)を消し去る
ことを教えています。しかし心の消滅は簡単ではあり
ません。それでも誰もが心の消滅を成し遂げなければ
ならないのです。

このテキストは、高度な瞑想法を驚くほどシンプルに
圧縮したものであり、意味を説明すれば、中学生でも
簡単に成し遂げることができるよう編纂してあります。
それはまた、巷の様々な瞑想法や健康法、ヒーリングの
メソッドなどを凌駕する素晴らしいものです。

そこで、心の消滅を助ける方法を下記に述べますが、
このテキストでは、瞑想と呼吸制御を分けて考えません。
つまり、瞑想呼吸制御心の消滅本性の知覚=最終
ゴールです。

レッスン1 第一段階の呼吸制御
 座り方の座法をヨーガでは、アーサナと言います。
椅子に座るか、あぐらをかくか、どちらでもいいですが、
頭と背筋が垂直になるよう背を伸ばします。眼は開けても
閉じてもいい。足の組み方、手の組み方は自由。楽な姿勢を
見つけましょう。座布団を折り、尻の下に敷くのもよい。

◯ 時間帯は、朝目が覚めてすぐと、日暮れ時。または、
就寝前に行うのが望ましい。食後は満腹感があり、眠気も
襲うので食事前がよい。この呼吸制御は、少なくても日に
2回、1ヵ月ほど続けます。ずっと続けてもなお良い。

◯ この呼吸の制御法は、心の制御と同じです。なぜなら
心の制御は、大変に難しいので、易しい呼吸制御から始めます。
単調な呼吸制御を継続できるようになれば、我儘な心は意思の
支配下に置かれるのです。呼吸とは何かというなら、心の動き、
活動を現すものです。怒っている時の呼吸は荒々しく、病人の
息は弱弱しく、虫の息と言われもします。悲しい時の呼吸や
嬉しい時、ワクワクした時など、心の変化に伴う呼吸が生じ
ます。単調な呼吸を繰り返すことで、我儘な心は静かになります。
変動する気持ちを、常に安定させるには、安定時の呼吸を繰り
返せばいいということです。

◯ 呼吸の仕方は、鼻からやく4秒かけて息を吸い、やく4秒
かけて鼻から吐き出すこと。正確な秒数は必要なく、5秒でも
6秒でもいいのです。自分に合う呼吸を見つけて、それを1回に
少なくても15分は実践しましょう。もし、その呼吸に疲れた
なら、大きく吸い込み、大きく吐き出すなどの変化を与えても
いいです。そして、基本の呼吸に戻ることです。
このように呼吸制御のやり方は単調ですが、単調な繰り返しは、
心の我儘、心の変化、気まぐれを押さえるという重要な基礎的
訓練になります。

◯ ここでいう心の集中とは、吸う息と吐く息に意識を合わせる
事であり、それは、余計な思考を生み出さない様にすることです。
それには、吸う息と吐く息の呼吸に集中することです。繰り返す
単調な呼吸に集中することで、様々な思いを排除し、心に落ち
着きを取り戻し、遂には、無想&無呼吸状態を実現できるように
することです。このような単調な呼吸制御を繰り返す事により、
大きなメリットが幾つも生まれるのです。

そのメリットのひとつは、心と体のエネルギーが充電された
バッテリーの状態になり、日常の疲労感もなくなっていくし、
病気を自然に治す事も出来るのです。そして、大方の病気さえも
治るのです。これが単なる呼吸の制御を修練する大きなメリット
のひとつです。
<中略>
この呼吸制御に上達すると、1時間とか2時間もの無呼吸状態・
無想の状態でいる事も出来るのです。すなわち、呼吸が自然に
消え去るという稀有な経験も出来るのです。呼吸が自然に消えた
状態は、心の消滅に向かう兆候のためとても心地よく、快適な
ものです。これらがメリットの二つ目か数個目のメリットとして
体感できるでしょう。

この呼吸制御にあたり、呼吸の数を数えたり、真言やマントラを
唱えるとか、チャクラ、クンダリー二を意識する、またクンパカ、
肛門を絞めるなどは、はやらないように。それらは、ただ気が散る
だけのものです。音も光も遮断すること。つまり思考だけでなく、
感覚遮断も必須です。この基礎をおろそかにし、先走りして、息を
長くしたり、長く止めたりすれば、呼吸が苦しくなるし、心が反発
します。呼吸は苦しさを伴わないようレッスンしましょう。

ここで留意することがあります。人に依っては、不思議な光景を
観たり、変わった光りを観たり、何かの声を聞くかも知れませんが、
それらは、心が作り出す幻想だから無視することです。もし興味を
示すと、瞑想は失敗に終わります。

成功のコツは、先走りせず、余計なことを考えず、ここに書かれた
ことを忍耐強く、忠実に実践することが、そのまま心の制御です。
この呼吸制御の目的は、心の無想に向かう無想の境地サマディー
(真我)に入る基礎準備です。基礎をいい加減にしてはいけません。
これを1ケ月間ほど成し遂げたなら、第二段階に取り組めるのです。
第二段階は、1か月後に説明します。

付記-1)呼吸制御と言う心の制御法は、マインドコントロールされ
たり、憑依されている人は、やらないでしょう。それでも取り組み、
やり遂げるならば、憑依からも解放される素晴らしいものです。
そしてまた鬱病とか、過食症、摂食障害だと言う人も例外なく治り
ます。やり遂げるならば。。。
なお、この呼吸制御に関する読者からの質問などは、ご遠慮願います。

付記-2)飲み水

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午前中の強い太陽光に1時間さらす水道水。瓶の左は護符シール。この水をときどき飲むと良い。


レッスン 2 第二段階の瞑想

この第二段階の瞑想は、先に述べた第一段階の瞑想(単純化された

呼吸制御)を基礎として、それに加えて「心の観察」を付加するだけ

のもの。心の観察とは、「思考を画像として観ること」なり。

ここで知っておくべきことは、ふたつある。

ひとつは、あなたの思考と言い、想念類は、すべからく外来のモノで

あって、決して自分のモノではないと言う認識に基づいて、外部から

やって来る微細な想念と思考に気づくことを意味する。つまり無想で

在り続けるあなたは、なんであれ想念や思考を決して受け入れては

いけないのだと言う認識である。これが「如何なる想念も捕らえるな」
の意味することである。

もう一つは、もし想念が画像として観えない場合、それを想いとして

知覚することが出来るのだから、想念が生じることに気づくことが

出来るだろうというものだ。

この想念や思考の気づきは、いまだ心の中に侵入しない状態の思考を

観るならば、その思考は何であれ、あなたの心の中に侵入しないのだ。

つまり、この時、あなたの中には雑多な思考や想念と同調しない無想の

状態が露呈するのだ。それを体験せよ。

この第二段階の瞑想において、あなたが為すべきことは「思考を観て、

その思考に同調しない」というだけである。ただそれだけだ。

皆さんは、世間やネット上に伝わる下手くそ瞑想を体験する時、

或いは、ガラクタ迷走をするとき、すぐさま雑多な想念が沸き起こり、

望まない思考もまた心の中に生起することを体験することだろう。

「なんと、しつこい想念だろう」とか、「得体のしれない恐怖が

やって来た」とか、「なぜこんな不可解な思考が生まれるのか?」

というようにである。そしてやがて瞑想をあきらめるだろう。

しかしながら忘れてはいけない。思考や想念があなたを支配する

強烈な力を持っているのではない。ただあなたが思考や想念に対し、

強い関心を示すことにより、あなた(魂)の大きなエネルギーが

想念に投射されてしまい、本来は、無力なる微細な想念や微細な

印象類の思考に対し、あなたが強烈なる力を与えているのである。

このように、自分が思考や想念の支配下に置かれていることを

知らないで、人は誰もが想いとか想念に苦しめられているので

あり、これは、笑えない漫画のようなものだ。このようなバカ

バカしい漫画を止めればいいのだ。

この第二段階の瞑想法を読んでなお、あなたは勘違いしている

ことだろう。「わたしは、想念を滅ぼして、無想の境地にならな

ければならない」と。しかし事実は、そうではないのだ。あなた

(魂)は、今までも今でも無想で在り続けているのだという教えを

理解せよ。つまり、無想のあなたの中に雑多な想念が忍び寄り、

それに対し、あなたが力を与えているからこそ、あなたの中に

思考が生じているのだと知ろう。それゆえ思考に無関心のまま

留まるならば、そこには、無想のあなたが在り続けているのだ。

この事実を体験せよ。

追記)

想念と言い、思考に反応しないことが出来たなら、心は真空に

なり、真空になったそこには、「知覚」と「力」とが流れ込んで

きて、様々なことが自然に分かるようになるのだ。このことが、

二サルガダッタマハラジさんが言った「気づきの太陽が昇る」の

意味である。それは、無知と言う心の闇は消え去ることを暗示し、

あなたが、思考を超えるのだ。

ラナママハルシさんは想念が敵だと言っていたが、そうではない。

彼は勘違いしていたのだ。本当の敵は、自分自身が関心を示すという

エネルギーの投射なのだ。あなたのエネルギーが思考に活力を与えて

いるのであり、それゆえ、あなた自身が思考や想念に関心を示さなけ

れば、どんな思考や想念でも、あなたに対して全く無力なのだ。

全く無力の想念は、それがなんであれ、あなたに何の影響も与える

ことが出来ないと知れ。それゆえに、ラナママハルシさんが言った

「敵である想念を滅ぼせ」と言うのも偽りだ。なぜなら外側に起こる

無限量の想念を滅ぼすことはできないからであり、想念を滅ぼすと

言う想念さえも無視して、ただただ想念や思考に関心を持たないこと、

反応しないと言うだけのことなのだ。このことを知らなかったマハルシ

さんは、想念消滅は、激闘に続く激闘であり、苦行の苦行であり、

バトルロイヤルだなどと言ったのだ。そのような苦闘の苦行である

ならば、想念消滅は、誰にも為し得ないであろう。

解放への秘儀は、想念と言い、思考と言い、想いにおいて、ただ

あなたが反応しないでいるならば、想念の消滅は、決して苦行や

激闘ではなくなる。それは、中学生にでもやれる簡単なことなのだ。

つまり、ここに公開した第一と第二の瞑想は、宗教宗派を超えて

万人に開かれた解放への簡単な秘儀であり、それはまた、あまたの

瞑想法や幾多ヨーガを超えた高い真実の教えである。このことが

明確に説かれていない世間の瞑想法のすべて、スピリチュアル関係、

神への信仰、また様々な宗教は、すべてがゴミのようなモノだと

日浦は言うのである。いや時に、ゴミ以下だとも言う。

これに対し、誰が反論し得るのか?

終り

 この第二段階の瞑想は、第一段階の延長であり、第一と第二はひとつ

の流れである。一つの流れを分けて、第一段階、第二段階と示した。

この瞑想に関する読者の質問などは、ご遠慮願います。この瞑想法の

模倣が生まれるから、他者に公開しないように。


レッスン 3 第三段階の瞑想、秘儀は、有りえない。