時空を超えて

【 無断転載を禁止 】

 

        《 時間と空間を超えた自由 》

読者の皆さんが知る「時間」と言う、本質は、

なんでしょうか?

時間は、心の動きのひとつである思考と記憶と、

その再生と反芻と言う観念の集積です。無限に

連続した過去から、未来永劫へつながるという

時間の集積ではなく、観念の連続性が時間です。

想念とか思考という観念の作りだすものが時間の

観念を生むのであって、もし、思考が無ければ

記憶(カルマ)も無く、時間も空間も生じません。

カルマが無ければ、苦悩も無く、思考と行為の

制約さえなく、自由なのです。想念とか思考の

連鎖的記憶の再生原理であるカルマこそ、想念と

して現れる時間の正体です。

それ故、記憶を残す想念や思考が排除されたなら、

そこに存在するのは、時の影響を受けない無限的

過去であるカルマが作用せず、永遠に不変なる

実在が露わになるのです。

不可知なる実在の世界を、実在の永遠の自己だと

知覚した魂には、時間と空間も消え去ります。

つまり、マーヤである宇宙は消え去るのです。

悟った魂は、時間と空間の観念は、滅びゆく思考の

産物であったと知り、過去と未来という観念が生み

出す無限的な時間は、現在と言う一瞬に在ることを

悟ります。現在を悟った魂は、時間と空間を超える

ので、時に支配される生と死とを共に超越し、

自分は不死である永遠なものと悟ります。

あなたは、永遠の不死なる霊的存在だからこそ、

マインドが、何百万年もの永き転生輪廻を繰り

返した膨大な記録もまた現在に在るので、それを

一瞬で知ることができるのです。

この様にして、マーヤを打ち破った魂は、永遠の

自己は全能であることをハッキリと想いだすのです。

彼は、時間と空間というマーヤの超越者になり、

自分自身が、マーヤの支配者であることを想いだす

のです。それを想いだした彼は、時間と空間を支配

する力を手にします。

マーヤの支配者になった彼は、マーヤという世界の

物質を支配するので、物質宇宙のすべてを手にしたと

同じことなのです。それは、宇宙に存在するモノの

すべてが自分の手中にあると知るからこそ、欲しいと

思うモノは何もなく、それゆえすべての欲望も消え

去るのです。人間が抱く様々な欲望に束縛される

ことも無くなるのです。これが揺るぎない平安と言う

境地です。

時空を超えた彼は、宇宙生成の時から、地球が

生成された全歴史、それらは現在に在るので、

そのことを知るのも一瞬なのです。

時間を生み出す思考を超えて、物理的な時間と

空間を超越した魂の演算速度(演算しないで

直接の知覚である)には、100年先の未来型

スパコンでさえ、追従できないのです。

現代のAIが生み出す近未来のスパコン神話など、

悟った魂の前では、古代のソロバン程度のモノで

しかないのです。そうであっても、スパコンは

有益な道具に違いないけれど、それを皆さん

個人では持てません。言う間でもなく、莫大な

お金が掛かり、家の何倍もの広い設置空間が

必要であり、莫大な電気代も毎月かかり、

新たな情報を入力するプログラマーに払うお金も

莫大です。情報を入力しなければ、パソコンも

金属の粗大ゴミです。入力した情報は日に日に

古くなるので、常に情報を管理し、入力しないと

いけないのです。遠からず意識や自我を持たせた

パソコンが誕生し、それらは人を支配するのです。

だから人は、パソコンにも束縛されてゆくのです。

しかし、時空を超えた彼には、パソコンの様な

情報入力など不要であるし、機械も電気も要る

訳がなく、100年先のパソコンを凌駕している

のです。

 

かつて紫蓮さんとの出会いの中で、不思議だった

ことの一つは、「なぜ、この人は全宇宙の出来事を

一瞬で知ることが出来るのか?」というものでした。

見た目の身体は、ごく普通の人でありながら、あの

お方こそ、本当に時空を超えた偉大なる魂であり、

過去に現れた聖者を超えた人だと知ったのです。

人は誰もが「唯一」だと静かに語られた紫蓮さん。

彼女のメッセージは、読者の皆さんのすべてが

「唯一」の存在なのだと言う事です。今でさえ。

それを皆さん、確信して欲しいのです。

 

この世に住む多くは「わたしは自由だ」と言う

けれど、言わずとも思っているけれど、病んだり

老いたりする不安定な身体を持ち、ころころと

変わり続ける移り気な心に振り回され、いつも

一喜一憂しながら、非論理的な思考にも振り

回され、耐え難い苦悩と苦の要因である快楽を

味わい、あわただしく、日々の時間に刻々と

追われながら、色んな空間の場に縛られて、

仕事、家庭、宗教、学校、対人関係などにも

縛られながら、さらには、膨大な過去の情報

であるカルマ、それらの再生原理という無限

の想念に束縛されているのであって、人である

限りは、決して自由ではないのです。

人が言う「俺は自由だ」とは、エゴの妄想です。

「僕は、しょぼくて惨めな人間だ」というのも、

成りすまし野郎であるエゴの妄想です。自由の

本来の意味は、魂の自由にあるのです。人の

抱える制約をすべて超えて、時間と空間という

自然の法則にも支配されない自由です。

魂を悟ったら、この世と言うマーヤも幻影では

なくなり、この世においてさえも、何でも自由に

好きなことをしていいのです。あなたが莫大な

富や名誉を持ちたいと思うなら、超越的な力を

持って、その様に成るでしょう。愛人を10人も

抱えたいと思うなら、そうなるでしょう。

むかのしインドに生まれたシバ神は、多くの

奥さんが居ました。それらの関係性は、性的

欲望を超えた純粋なプラトニックなものであり、

世間的な男女の関係を超えていたのです。

そのような関係は、自己の本性である魂を

知覚したものに許される本当の自由なのです。

しかも何をしようと、思考を使わないから、

記憶を残さず、カルマにならないのだから

実に素晴らしい生き方なのです。

この世における富や名声、権力の頂点を極めた

人たちの幸福感や自由は、歴史が示して来た

通り、他者から搾取して奪い取り、他者から

奪い取られ、他者を破壊し、他者からも破壊

されたりします。

こうした他者支配的な競争原理に生きる体験が、

来世のカルマになる苦の生き方なのです。

つまり、賢い生き方では無いと言うことです。

しかし、自己の本性を見出したもの、すなわち、

自然の法則(マーヤ)から解放された魂自体の

超越的な力を体現した者の前では、この世の

権力や裕福層の自由と幸福など、無に等しい

ものです。

それは、自己の魂を知覚したなら自身がそれを

ハッキリと理解します。それが自己証明であり、

他者からの証明は要らないのです。

だから皆さん、この世における様々な物事とか、

色恋だとか富や権力に関心を持って魅せられる

ことなく、それらは、まぼろしであるから、

身体に束縛された自らの魂を解放しましょう。

それの実現は、「欲望・思考という物質性から

の自由であり、自己に到達するまでは、それらに

反応しないこと」です。

もっと簡単なことは、想念のすべてを否定し、

いかなる想念や思考と同調してはいけない。

そして、「身体は自分だ、心は自分だ」という

偽りの観念を日々壊す努力するだけです。

なによりも解放されたいと言う願望を抱き続ける

ことです。なぜなら皆さんは誰もが唯一の実在へ

還るべき重い宿命を背負っているのです。

その重い宿命という重荷を手放しましょう。

日浦 裕次

沖縄から

日浦先生こんにちは。

ブログいつも拝見して勉強になります。

遅くなりましたが11月のセミナー

テキストも大変勉強になりました。

本当にいつもありがとうございます。

私が受講してからもう1か月たちますが、

上の子供の熱が半日で治ったり、下の

子供は夜中に熱をだして2時間で解熱剤を

飲まずに下がってしまったり、私はまだ

エネルギーが見えないのでヒーリングで

治ったのかよくわかりません(TT)が

治ったのだと思います!

下の子はまだ夜中の咳が治りませんが、

もっとヒーリングの事よくわかるように

なりたいです。私も同じく熱が出ましたが

旦那にヒーリングお願いすると手のひらが

暖かくなり、夜中は体がポカポカ暖かく

なり、翌日には治ってました。

私は風邪薬飲んだのですが、風邪なのに

ポカポカして気持ちいい感覚は初めてでした。

それと、セミナー受講後、たまに頭の左半分が

鳥肌がたつみたいな感覚になるのですが、

大丈夫でしょうか?

また、リビングルームでの瞑想の際、テレビ

の赤いライトを目印にして瞑想しましたが、

黒い煙みたいなものが見えました。気のせい

なのか何かもよくわかりません。

ダイニングルームで瞑想するときは白い壁の

スイッチをみてやっているのですが、見てると

白いスイッチが黄色っぽいもやもかかったり

します。目の錯覚でしょうか?

瞑想は日浦先生に出会うまでやった事が

なくて疑問ばかりで試行錯誤しております。

私は心配症なので、心配しないように常に

マインドと格闘しております。日浦先生は

忙しいからと日浦先生にメールを打つのも

格闘してました。ただ疑問があるとずっと

前に進めないので今日やっとメールをする

事が出来ました。

自然治癒力という先生のブログをよんで、

何年か前旦那が事故で鎖骨を折った際、

夜中に寝ていると何故か目が覚めてベッドの

周り?空気中にかえるの卵みたいなものが

たくさんあって(ずっと何かわからないから

ウヨウヨと名付けてました。)旦那の骨が

折れているところにたくさん飛んでいって

いる光景を思いだしました。あの時は親に

言っても、ストレスがあるんじゃないの?

と言われ、そうなのかなーと思ってましたが

先生のブログを読んだとき、あれは旦那が

寝ている間に空気中のエネルギーを自然

治癒力に使っていたのかな?と思えるように

なってきました。あってますでしょうか?

長々とメールで質問失礼いたしました。

瞑想の疑問点と個人的な長年の疑問点、

時間あるときでいいのでよろしくお願い

いたします。セミナーを来年も開催して

いただける事にとてもうれしくてぜひ来年、

暖かくなった頃に旦那も一緒に再度受講

したいなと思いました。今後も最終ゴール

目指して邁進しますのでご教授よろしく

お願いいたします。

 

日浦から

最終ゴールを目指して邁進するという

思い、決意、良いね。

瞑想しているとき、見える物が変化したり、

黒い煙らしが見えたりすること、それらの

すべては、マインドの戯れだから、それを

無視すること。

頭部に鳥肌が立つ感覚は、自己の本性を

悟ろうとする者に対する妨害エネルギーの

干渉であるから、それも無視しよう。

受講生が下手くそ瞑想をする時は(笑)

そこには、日浦の意識が臨在している

のだから、何が起ろうと、もし妨害が

起ころうと、動じてはいけない。

瞑想が試行錯誤で在るのは、みな同じ。

そこを通り抜けてゆく過程こそ瞑想の

始まりだ。

教えた呼吸制御をするだけでも、今の

試行錯誤は消えてゆくだろう。なぜなら、

何をどうしたらいいか分からないと言う

のはマインドだよ。それゆえに疑問と

不安のすべては、マインドのもの。

教えた呼吸制御は、疑問を持って動揺

するマインドを静かにしてくれる。

かつての受講生には質問禁止令をだした

けれど、それの意味は、マインドに耳を

傾けてはいけないよ、という意味なのだ。

君は、まだ初回参加だから質問はOK牧場

かな。OK牧場、若い人は知らなさそう。

むかし流行した西部劇だよ。

 

ところで、旦那の骨折部分へ集まって

いた「ウヨウヨ」?を見たんだね。

それの本当は、もっと超微粒子であり、

風の動きの様なものだけれど、まあ

カエルの卵にように可視化した訳だ。

見た通り、合っているよ。

 

蛇足になるかも知れないけれど、

病気を治し、或いは、治るのは信仰の

力だとか、祈りによって叶えられた、

という人がいるけれど、それは間違い

なんだ。

何となれば、実践的なヒーリングの

メカニズムを観るならば、そこには

精密化学の法則のような力が働くので

在って、信仰の力とか、祈りの効果と

言う概念は、癒しに作用していない

ことが分かるだろう。

 

では、祈りは何の役にも立たないのか

と誰かが問うならば、まあ効果がある

場合もあるかも知れないね。

というだけのモノだ。

なんとなれば、祈りの殆どは、エゴその

ものではないのかな?それが困った時の

神頼みってやつ。

 

例え話をしよう。

あなたは夢の中で、自分が映画を上映して

おり、その映像を眺めているとしよう。

映像には、楽しいこともあるが、様々な

トラブルが映り、不幸や病気に苦しむ自分が

いたとする。

映像に囚われているあなたは、何とかして

下さい!と言うだろう。しかし誰に向かって、

何とかしてください!と叫んでいるのか?

そして、そう叫ぶのは誰だろう?

それは、エゴが自分で上映している映像に

向かって、エゴ自身が何とかしてくれ!と

叫んでいるのだから笑えるんだ(笑)

だから誰も応えてくれないだろう。神も

仏も応えない。

それゆえ、外部に助けを求めるのではなく、

トラブルや病気を上映している映写機の

電源を切って、不幸な映像の上映を止めれば

いいのだ。それは出来るのだ。これが人生を

苦悩なく、豊かに生きる秘訣だ。

 

そうだから、不可解なる神に祈るのでは

なく、ほっこり教祖様さまなどに頼るので

はなく(笑) またユタさんに頼るのでもなく、

自分が上映している映写機の電源を切ること、

即ち、自分のエゴを消し去れば、病気などの

不幸な映像は消え去り、瞬時に奇跡の癒しが

起るのだ。これが幸福への真実なのだ。

 

人が空想する神様とか、営利団体の宗教を

離れた上で、エネルギーが精密に観えて、

更には、ヒーリングのメカニズムも詳細に

観えるようになれば、それが科学の本質を

観るという科学そのものであるが、日浦の

言う事が本当だと分かる。

 

風邪をひいても、身体がポカポカ暖かく

心地よいヒーリングを体験をしたように、

ヒーリングの練習を継続するなら、

ヒーリングと呼ぶ力が働いたという確かな

感覚がやってくる。つまり確かな手ごたえが

あり、それが絶対的な確信へと結実する。

また別の迷いがあれば、遠慮なく質問

したらいい。

 

再びの感想

11月25日の「感想メール」である愛知県の

読者から再びの感想メールです。

 

日浦 裕次先生 こんばんは。

毎回の質問に対して、こんなに深く、

親切丁寧に回答していただけるセミナーは

初めてです。しかも、この価格で。

しかも、一回参加しただけで。

今昨年のブログを順次拝見して、つくづく

思います。今考えればカルマに引きずられ、

あちこちの講習会、セミナーに行き、手技の

DVDを買いあさり、自分のエネルギー向上の

為色々の伝授を受け、いつまでたっても満足

することなく、さまよってました。カルマの

恐ろしさですね。時間もお金も底なしでした。

もう、これで終わり良ければすべてよしです。

瞑想と心の管理、継続は力なり。力まずに

続けます。

どうか今後共よろしくお願いします。

 

日 浦

この人もまた、過去に沢山の講習会だとか

色んなセミナーに参加したからこそ日浦の

セミナー価値が分かるのです。

巷で開催するエネルギー伝授は、受講して

見れば、何ということは無いのだ、期待

外れだったと分かるものですが、参加する

までは、分からないものです。

ネット上で、エネルギーを伝授すると言う

人たちは、自分固有エネルギー量の小さい

ことを知らないのです。だから他者に力を

伝達するぞと言うけれど、伝達する力が

無ければ、伝授は出来ません。

川を流れ落ちる滝は、高低の落差が大きい

ほど、落下の大きな水力エネルギーがあり、

もし、滝の下に鉄製の水車を置くならば、

それなりの動力と電気エネルギーを生む

でしょう。水位が同じなら、水は動かない

ように、同じポテンシャル同士が、なぜ

力、エネルギーを他者に与えることが

出来ると言うのでしょうか?それは虚言

なのです。なんとなれば、人はみな横の

直径80㎝から90㎝の卵型のオーラ・エネル

ギーを持っていて、大きい人でも1mくらい

です。もっと大きな人も居るにはいるけれど、

極めて稀です。

平均的なエネルギーポテンシャルを持つ人が、

他者へエネルギーを伝授する、というのは、

漫画にも似た虚言であるという意味です。

エネルギーを受けようとする人のほうが、

大きいかも知れないのです。

太陽の放射熱量は、巨大であるからこそ、

遠い地上へも届き、地上の万物を育みます。

これと同様に、日浦が放つエネルギーの

大きさを人と比べるなら、質も桁も大きく

桁違いなのです。そのことが読者に分から

ない。なぜなら観えないから。

 

ネット上に居る自称のエネルギー伝授者は、

あたかもホタルの光の様な小さなエネルギー

であり、太陽の如き巨大な輝きを放つ日浦の

前では、エネルギー量ゼロのようなものです。

このことは、日浦の妄想虚言ではなく、エネ

ルギーを観ることができる人なら、事実だと

分かります。

今まで、日浦はエネルギーを伝授すると公言

しなかっただけですが、受講生はその巨大な

エネルギーを暗黙の中で受けてきたのです。

皆さん、エネルギー伝授と言う詐欺広告に

引っかからない様にしましょう。

 

さて、人はそれぞれ顔が異なるように、

自分が求めることも異なるものです。

しかし、誰もが自分は一体何を求めている

のかを、本当は知らないのです。知らない

と言うその証拠が、色んなセミナーへ行く

という行為に現れているのです。だから

いつまでも満足しません。

100人の異なる探求者がいたとすれば、

そのそれぞれ求めるテーマは、異なる

かのように見えるけれど、本当は、

共通の「唯ひとつ」を求めているのです。

それが「唯一」という実在世界であり、

それは、何かというならば、すべての

疑問と不幸を消し去り、完全と言える

満足を与える至高の彼を見出す事です。

しかしながら、何かを探す人たちは、

そのことを知らないので、色々と無駄

まことを外側へ彷徨うのです。

 

あなたが知らずとも探し求める全能の

愛すべき彼は、誰ですか?その彼は。

どこに居ますか?宗教やスピ世界に居る

のは、みな偽物なのです。だから今まで

のような外側を彷徨い歩くことによって、

決して満足を得ませんでした。

だから、外側を彷徨うことを止めて、

自分の内側を観なさい。そこにのみ、

全能の愛すべき彼は姿を現すのです。

あなたは、いままで無自覚かつ不可知で

あった目標が知られたのだから、もう

なにも探求しなくて良いのです。

ただ、自分自身の内側を観るだけです。

このことは、すべての人に当てはまる

ことです。

読者への念押しです。

政治や経済、科学や技術の世界、スピ世界、

そして、神の信仰や宗教もまた、あなたの

外側のものです。そこには、大ウソつきや

色とりどりの詐欺師たちは沢山いても、

全能の愛すべき彼はいません。何となれば、

唯一愛すべき全能の彼とは、あなた自身の

魂であり、あなた自身のことです。

そうであるからこそ、自分自身を自分自身が

ただ観るために、どうして、証明されては

いない不可知なる神や、荒唐無稽な教義を

語るだけの信仰・宗教を持ち出すのですか?

という問いを持たなければダメです。

 

外側の世界、宗教やスピ世界を求めるのは、

神への信仰心などではなく、単なる無知の

欲望です。

本当の信仰心と言うのは、本性の自己を探し

出す努力、その体験を言うのです。 

 

錬金術

【無断転載を禁止】

現代科学の始まりは、およそ300年前から、

ヨーガの錬金術を見て、それを実現しよう

として始まったものである。このことは、

元・京都大学の准教授であった小池さんの

Youtubeにも、その動画は福島原発の事故

の話しであるが、そのように語られている。

だが、「錬金術は、ウソでした」と語って

いた小池さん。

 

しかし事実は、ヨーガの錬金術は、本当の

ことなのだ。なぜなら古代ヨーギの行った

錬金術は、硫黄と水銀の塊に対し、自然界に

存在する不可知なるエネルギーを取り出し、

それらを水銀と硫黄とに結合させることが

出来たのだ。それが異なる物質を生み出す。

見せかけは、単なる硫黄と水銀であるけれど、

ヨーギは、不可知なる状態での化学反応に

より、水銀や硫黄を、別の物質に変換する

ことが出来る。それの本質が科学なのだ。

科学の本質をヨーガと言うのである。

現代科学よりも、古代ヨーガのほうが遥かに

優れている。なぜならヨーガは、生命現象の

根底を解明し、生と死のカラクリを知って

いるのであり、現代科学はそれを解明して

いないからだ。

錬金術を使えた古代ヨーギ達は、自然界

の法則性を克服していたからであるが、

それらの秘密を他者に教えなかったので、

ヨーガの錬金術は、ウソだと伝えられて

きた。それの秘密を教えなかったヨーギの

判断は、的を得ているのだ。

なぜなら、錬金術の秘密を公開したならば、

人は働くことなくして、いつでも黄金の塊を

手に出来るからであり、それはまた、他者の

埋蔵する金塊さえ消し去ることが出来るのだ。

その錬金術が出来る人により、世の中には、

大きな貧困の格差を生み出すからだ。

しかし、これから先の科学は、いつの日か

ヨーガの錬金術は、本物だったと言う日が

来るであろう。しかし、そのような未来は、

現代よりも、大きな人類支配がまかり通る

暗き時代になるであろう。

それは、現在、世界の富を支配し、世界に

貧困を作りだしているロスチャイルド家や

ロックフェラー家の地位さえも揺るがし、

それを奪い取れる覇権国家の誕生を暗示

するあるからである。限りなき欲望を投影

する人間と言うエゴ性に対して、錬金術の

秘密を公開するのは、人類にとって、実に

恐ろしいことだ。

 

ラーラジャパンが教えるヒーリングは、

いわば、人体内の原子変換の秘密に関する

知識であり、その知識と訓練とが奇跡的な

癒しという物理的な結果を生み出すのである。

不食のメカニズムといい、ヒーリングとも

言うものは、いわば自然界のエネルギーと

人体内の超微粒子による常温核融合による

ものだからである。

それを人体の外側へ向けた時、ヨーガの

錬金術になるということだ。

二サルガダッタマハラジさんは、賢者の

石を手に入れたと書籍に言葉を残している

けれど、賢者の石、錬金術は、その呼び名

こそ違えども同じものであるから、ラーラ

ジャパンの教えることは、言い換えれば、

賢者の石、錬金術の秘密を教えているのだ

と言っていい。

このような恐るべき秘密の力を教えるのは、

ラーラジャパンだけだと言っていい。それを

誰にでも教えるけれど、言う間でもなく、

成りすまし野郎を捨て去る人にのみ教えると

言う条件付きである。成りすまし野郎とは、

個人の持つエゴ性を言う。

成りすまし野郎を見切った人は、唯一実在へ

到達するのであるから、それは、この宇宙間

において、最も偉大なる力と無限の知識を

手に入れるのである。そこが、総ての生命が

還るべき唯一の実在界なのだ。

そこでは、エゴ性が消え去っているので、

他者を征服する欲望が無く、人間の体験する

すべての苦悩は完全に消え去り、永遠の幸福に

定住するのである。

だから諸君、この人体はそのまま地上へ置いて、

マインドを浄化して、唯一へ還ればいいのだ。

あなたは、いまでさえも唯一に実在している

ことを忘れないように。

 

自然治癒力

【無断転載を禁止】

人体に起こる生理学的な障害、各種の

病気、不調和な状態を回復へ向かわせる

医療があり、様々な民間療法があり、

また整体業という職業もある。

科学が発達した現代も怪しげな祈祷に

よる癒しを試みようとするものもある。

病気などを治す力さえも無いと言うのに

宗教界やネット上では、数えきれない

ほどのヒーリングが競い咲いている。

そんな彼ら彼女らは、偽りのヒーリング

により、自他を不幸に導いているという

危険性を知らない。知らないからこそ、

取り組めるのか。

 

一方では、自然の治癒力なる言葉が

あるけれど、それらの自然治癒力は、

管理社会に居る人間よりも野生動物

のほうがはるかに優れているのだ。

しかしながら現在でさえ、自然とは

なにか、治癒とは何かは、まだ解明

されていないように見受けられる。

 

野生動物の多くは、本能と感覚とが

彼らを守っていて、それゆえ滅多に

病気にはならない。もし病気になった

としても自然に治るのだ。だが彼らに

病気を治す知性や力があるわけで無く、

動物自体の医者がいる訳でもない。

猿やブタが経営する動物医師とか

動物薬剤師のいる動物経営の病院など、

聞いたことがない。

自然界における動物の病気が自然に

治るのは、先に述べた本能と感覚とに

管理されていることによる。

しかし人は、本能と感覚的な享楽など

限界を超えてハチャメチャに行使する

ので、自然の導く手を離れたのである。

そして、薬などに依存する。

この自然界には、医学的な薬剤よりも

素晴らしいモノが大気中に流れている

けれど、人はそれを視認し、また使う

力を失ってしまったのである。

但し、本能と感覚それ自体が病気を治す

自然の治癒力では無く、病気を治癒する

エネルギーは、大気中から得られるので

ある。そして、体内においては、いわば

常温核融合のように働き、必要な微粒子を

作りだす。また身体各部に必要な栄養分に

変換されている。そのような高度な知性は

どこから来るのだろうか?

この力は、人が管理社会の中で、自然と

失ったものであるけれど、野生の動物は

それを自然に本能的に行うのである。

その自然とは何か?

例えば、「乾燥空気」をネット検索

すれば、殆どの金属原子や素粒子的な

要素が大気中に在ることが分かるのだ。

しかも太陽光線の中には、金の原子も

存在すると科学者は言う。そうである

からこそ、暗闇の中であれ、真空中で

あれ、加えて太陽光がある空間ならば、

そこには、生命現象を生み出す全ての

必要な物質的要素が存在しているという

科学的な事実である。

 

それらは、人の目では観えるわけが無い

けれど、マインドを訓練すれば、それを

観ることが出来るのだ。そして、その力を

自由に使うことが誰にでも出来るのだ。

それを自由に使えるほうが、大きな得を

するのは言うまでもない。ずっと無料で

在るし。

それらの不可視な微細なる超物質は、

もう物質とは言えないのかも知れないが、

いつも大気中を流れており、動物や人体

内部を貫通して流れており、植物にも流れ

込んでいる。それらが生命現象と身体に

必要かつ十分なるエネルギーを運んでくる

のである。それを観れば、ハッキリ分かる

のだ。

そうであるから、勝手に何もしないで治る

という意味あいの自然治癒では有りえない。

しかし人は、自然界の動物が持つ本能の

多くを忘れ去っているのである。

しかし、生命の神秘、それの源を観る

ならば、本来、病気など生じないことも

分かるのである。そしてまた、もし人が、

この不可知なる力を意識的に採り入れる

ならば、病気などにならないだけでなく、

食事さえ必要ではなくなるのだ。これが

自然に起こる不食体質の原理である。

むかし話にも在るように、仙人は霞を

食べていたと言うのは、本当のことでは

在るが、食べると言うのは、自然界の

要素を全身の細胞から自動的に体内へ

採り入れていたということだ。それは、

仙人に限らず、誰にでも可能なことでは

ある。だが、採り入れる訓練が必要だ。

 

この自然界と呼ぶ世界は、だからこそ

まだ科学や医学が知らない世界なのだ。

自然と言う言葉、それの表れとしての

自然界を見て、これが自然だと言って

いるに過ぎない。

自然界と言う根源の本質については

科学や医学は、まだよく知らないで

あろう。おや、君も知らないのか?

 

ここでの問題は、自然と言う未知なる

領域に在る「不可知な力」について人は

知らないということだ。知らないから、

その力を使えないだろう。それは、遥か

遠い過去において忘れ去ったと言っても

いいだろう。また、その力を意識的に取り

入れる方法さえも忘れてしまったという

現実である。

だから、望まない病気や得体のしれない

病とか不幸もまた生じるのである。

世間には、病は気からとか、病気は心が

作るという人もいるが、そういう彼らの

根拠となる客観的な原理を示さなければ

ならない。もし、それを示すことが出来

ないなら、そのように言うのは、ウソを

言うのと変わらないのだ。

 

この自然界にある不可視な力、超微粒子の

群れは無限にあり、誰でも自由に利用して

いいモノである。しかし、それらの力は、

どこから来るのか、どのように使うのか、

その秘密について、ここに公開したならば、

人の多くは、自分の利益のためにのみ使い、

また他者支配のためにそれを使うであろう。

そうであるから、太古の昔から秘匿されて

いるのである。しかしながら、自然の力を

自由に使わない限り、人は、自然界に束縛

されたままであることも事実である。

さて、どうしたら良いものか。

それへのヒントは、次のように与えることが

できる。すなわち清らかな水と清浄な空気と、

汚染されていない自然の食物を選ぶことに

よって、自然界に適合する清らかさのある

マインドを作ることができる。その清まった

マインドは、自然の力を見出すであろう。

しかしながら、水も空気も、また大地さえも

農薬類、遺伝子組み換え、多重金属、放射能

などに汚染された現代において、清らかさを

持つマインドを作ることさえも難しい。

さて、どうしたら良いものか。

 

治療とは

11月29日の記事「感想メール」の
続編です。

「こんばんは 日浦裕次先生。
昨日の28日、わかりました。
自分の施術で治りきらなかった
自分の頑固な腰痛は、カルマの
仕業でした。

これを先生の巨大で力強い癒しの
エネルギーが解消してくれたのだ
と分かりました。
これがヒーリングの真髄、ラーラ
ジャパンのヒーリングなのですね。
これしかないのですね。ありがとう
ございました。」
 
こんばんは
他者の身体を癒す施術師が、自分の
身体を治せないというケースは多々
あります。自分自身の腰痛の原因が
カルマであり、そのカルマと腰痛とを
消し去る癒しのエネルギーが働いた
ことを分かるだけでも優秀です。
治療能力もまた向上するでしょう。
 

整体治療に携わる
人たちへ

整体治療などをやっておられる人たちは、
無自覚なまま、或いは意識的にも患者の
病気とかカルマやエゴを受け取ったり、
或いはまた、排除しようとしているので、
患者の影響を受けやすく、自分の健康
管理が難しいのです。
だからこそ気功を学んだり、色々な
ことをやっている人達が多いけれど、
借り物は、あまり役に立ちません。
 
借り物でないモノとは、自分自身の
中から生じる根源的なエネルギーを
生み出すことを言うのですが、それは、
今回の感想メールにある通り、日浦の
セミナーを受講すればいいのです。
すると受講生の持つエネルギー純度が
癒しに効く清らかなものに高まり、
その高められたポテンシャルは、二倍
とか数倍に増幅されるのです。それが
個体としての定常的資質に成るのです。
解放の力、癒しの力は、高いモノから
低いモノに与えることができ、それを
受け取ることができるのです。
 
そのような治療師さんは、来院する
個々の患者さんに対し、無言のまま
ヒーリングセミナーを実施するにも
等しい効果を生み出すので、大いに
推奨すべきことです。
 
 
 
 
 
 
 

今年最後の

今年最後のセミナー

2019年最後の12月セミナーを開催します。

日程は、12月21日(土曜日)の午前11時の

集合です。席は、がら空きなので、希望者は

申し込んでください。

 

2020年のセミナー 

なお、2020年度におけるセミナー開催日を

当ブログの右上にある「インフォーメーシ

ョン」欄に示しました。

 

書籍化の支援者について

有志の受講生の方から書籍代金を受け取り、

その代わり、その人達のセミナー代金を

免除してきました。中には、10回以上の

無料セミナーを受けていながら、いまだに

通う人もいますが、永遠に無料ではあり

ません。12月セミナーを持って、受講料の

免除は終わりとします。但し、その特権を

1度も利用しなかった方は、2020年に繰り

越します。

 

2020年のセミナーは、

第三期生の募集です。

今までのセミナーとは区切りをつけます。

自己の目覚め、覚醒、解脱、つまり真我

体現を目指したストレートな講義とし、

今までのヒーリングは主題では無くなり

ます。

とはいえ、ヒーリングを教えないと言う

事ではありません。先ずは、自己実現を

せよと言うことです。その意味は遥かな

遠い過去世から数百万年もの時をかけて、

目的も無く、無限の闇を輪廻する人々の

終局的目標である「ゴール」への到達を

意味します。かの自己に到達するならば、

そのことがマーヤの卒業生であることを

意味し、それが完全なる自由と力と無限

の知識の獲得を意味するのです。

それゆえに奇跡的なヒーリングも自在に

なるのだ。ということです。

 

読者の中で、これから真のヒーリングを

学び、それを自分でも他者に伝えたいと

思う人は、ブログを綴れること、そして

エゴを破壊するのだという決心のもとで、

セミナーにでやってきなさい。真剣なら

2020年度内に解放されるでしょう。

 

2020年から、自主的なセミナーを実施

しようとする現在の受講生達も同じく、

解放へ導かれるでしょう。

なお、自主的なセミナーを計画しない

受講生、また、一度だけの参加者にも

開放の光りが投射され続けていることを

忘れないように。